気まぐれ釣り師の、底抜け冒険譚!

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Cloudy sky.

順調! 順調! 絶好調ではないけれど、病院側から出されたリハビリメニューをしっかりとこなしている。

退院してから3週間。 今のところ極端な不調は見られず、1日1400k㌍、摂取塩分6g以下をしっかり守っている。

正直に言えば「腹が減る」のだが苦ではない。


10月29日。

この日は少しコースを変えてみた。いつも同じコースだとマンネリになるし味がないので隣町まで足を延ばす。

ただ延ばすのではつまらないので、大好きな歴史を辿ることにする。

太田市のシンボル「金山」。 ここの山頂にあった「金山城」は、国宝の松本城や彦根城、世界遺産に選定されている姫路城とともに「日本百名城」に選定されています。

金山城跡

文明元年(1469年) 新田一族だった「岩松家純」によって築城されました。
金山の尾根を利用した山城で、難攻不落、鉄壁の防御力を誇っていました。

後に横瀬氏(のちの由良氏)が城主となりますが、天正13年(1585年)後北条氏に追われて桐生に退却。以後は後北条氏が城番を置くが1590年、豊臣秀吉に後北条氏は敗れ滅亡。金山城は廃城になりました。

大欅

この「大欅」は金山のランドマーク的存在。 遠い昔からこの金山城の歴史を見てきたのでしょうね。


前振りが長くなっちゃったけれど、この日はここの周辺をリハビリついでに探索しました。

「大手虎口」の石垣を眺め、山頂へ向かう。「日ノ池」廻り、踏み固められた山道を進む。

石段を登ると、その先が山頂。

ここは金山城の「本丸」が在った場所。 現在は「新田神社」が鎮座している。

金山城址

金山城址のモニュメントの奥が「御嶽神社」 一番右にあるのが「新田神社」

新田神社

これね! 

お賽銭を納めて御参り。「このめんどくせぇ病気が早く良くなります様にぃぃ・・・」

ここ金山は尾根が遊歩道になっていて、この日もトレッキングや日帰り登山の訪れる人たちが大勢いました。


アカタテハいたよ

足元で、「アカタテハ」が日向ぼっこ。 この日は風が強くて、尾根から城跡辺りでは椚の木から団栗の絨毯爆撃を浴びる程で結構痛い目に遭いましたよ。樹高が高いからかなり効きましたね。

木漏れ日気持ちいい

尾根の東側の通路は、風裏になっていたので快適なウォーキング。ちょっと疲れてきていたので、休み休み歩きました。

「物見台」付近からの眺望。

関東平野

晴れていれば関東平野が見渡せる。ビューポイント。僕の望遠鏡なら冬の空気の澄んだ日ならば「スカイツリー」が見える。

約1時間程山の中を歩き回って、今度はこの金山の中腹にある「金龍寺」を訪れる。

金龍寺

ここは、金山城主横瀬氏の菩提寺で、歴代城主の五輪塔や新田義貞を祀る供養塔などがあり、市指定の重文になってます。

ここはお寺です。檀家の方たちの墓地もありますので、訪れる際は其れなりに礼節を御守り下さい。

僕はここには何度も訪れていますが、不思議な事に何度訪れても「綺麗な写真」が撮れません。必ずピントが合ってないんですね。たとえ三脚でしっかりと固定しても、手振れとは関係なくピンボケ写真になっちゃうの。
なんかあるんですかね???  この写真もややボケてるし、供養塔のアップなどは「分身の術」みたいにブレまくってしまいました。 あっ、写真の左奥に見えるのが「新田義貞供養塔」です。で、下の五輪塔群が「横瀬一族の五輪塔」ですね。


10月30日。

「なんじゃぁこりゃぁぁっ!!」

この日も愛車のジャック号をガレージから引っ張り出し、早速体力作りなんて息巻いていたんだけれど、なんてこったい! 後輪がパンクしていやがる。 よく見たら錆びた「割りピン」のようなものがタイヤに突き刺さっている。

「あららぁ・・・」

仕様が無いのでこの日はジャックフラッシュ号に留守番をしてもらい、徒歩で自宅を出た。 パンクは帰ってから直せばいいや!

いつものコースを歩き、岩宿遺跡に向かう。

岡登景能公銅像

「長谷川平蔵」 鬼平さんではなく、「岡登景能公」の銅像。岡登用水を作ったおじさん。

道路を挟んだ奥が「鹿ノ川沼」 沼の周辺を2周ノンストップで歩く。 で、沼の国道側のベンチで一休み。

鹿ノ川沼と文化資料館

今日も沢山の太公望が訪れていた。でも、あんまり釣り上げてるシーンには出会わない気がするんだけれどね・・・

今日のにゃんこ

ベンチでお茶を飲みながら休憩中、なんか視線をビンビン感じて見渡すと・・・こいつかぁ・・・

この「鹿ノ川沼」周辺は、「野良猫の六本木」て噂されるほど野良にゃんこが沢山住み着いている。

釣り客や散歩の途中の人の何人かが「ご飯の世話」をしているらしく、こいつらに食事の不安はないとの事。でも、無責任な餌付けは近所住民の迷惑になるって事を知って欲しいですね。で、もっと迷惑なのはこいつらを理不尽に捨てた飼い主! 飼えないのなら初めから飼うな! 捨てられる悲しみを知れ! まぁ、ここのこいつらは今のところ不自由は無いみたいだけれどね。

稲荷山の遊歩道を行く。

稲荷山遊歩道

ここは毎年5月頃、「カタクリの花」が見頃になる。 山肌の一部に小さな紫色のカタクリが沢山咲いて綺麗なんだ。 おまけに「キツネノカミソリ」なんかも咲いてちょっとした花畑になる。 ここも「みどり市」が保護している場所なので、「盗掘」なんかやらかすと恐ろしい罰ゲームが待っている。 地元にはそんな事する人はいませんけどね。 もっとも、「カタクリ」は根が長く深いから移植は難しいみたいだけど。


10月30日

「あれぇ? お前昨日もいたなぁ?」

今日のにゃんこ後ろ姿

視線と色模様ですぐわかった。 昨日のニャンコ先生だ。

今日は自転車のパンク修理を終えたので、西コースを走る。 パンク修理だが、結局馴染みのショップでやってもらった。何故かというと「パンクの補修材」一式が行方不明になってしまい、購入ついでにプロに任せようと思い店に持っていってしまいました。

西コースの農道と赤城山

曇ってなければ、赤城山が綺麗に見えるのだけれど、ここのところ天気が安定しませんね。

今日も1時間程度のライドで終了。 まだ、無理は出来ないからね。


話は遡るが、先週の土曜日。

久しぶりに、友人の所へ伺った。 館林市の「大島まんじゅう屋」さんのところ。

挨拶がてらのつもりだったのだけれどね。 偶然にプロの仕事を見学させていただきました。

で、家族にお土産。

大島さんちの芋羊羹

ホクホクで素朴なんだけれど、とっても美味しい「いも羊羹」。 まるでスィートポテトのような舌触り。

浅草の有名店のように上品な仕上がりではなく、僕はこういった「田舎のおばあちゃんの手作り」風な「いも羊羹」の方が好き! それと我が愚弟の好物の大福を購入。
で、いつも頂いちゃって恐縮ばかりなのだがお土産に「月見饅頭」を頂いちゃいました。これも美味いこと!

大島さんちの椛饅頭

これ、お袋の大、大、大好物! これを前にすると「ダイエット」という概念は吹っ飛ぶそうなのだ。 いつもありがとうございます。


明日は、リハビリは休み。買い物や、銀行に行ったりとやる事が沢山ある。 フライも巻いておかないとね。

写真ばかりで見辛いブログだけど、「百聞は一見にしかず」 「写真はすべてを語る」なんて明言もあることだし、大目に見てください。

では、このへんで。

おしまい


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Phantom.

10月26日。


今日は「北コース」に向かう。

「コース」なんて言ってるけれど、大体、自宅から「北」の方って具合で決めてるから正確じゃないんですがね。

はね瀧道了様

自宅から隣町の大間々町へ。 わたらせ渓谷鉄道の「大間々駅」を通過し、県道338号線へ右折。わ鉄(わたらせ渓谷鉄道の略称)の踏切を渡り、線路脇を左折するとその先に鎮座していますよ。

「はね瀧道了尊」 大間々町では昔から御当地信仰として親しまれています。
250年以上前からその歴史は続いていて、地元では「どおりゅうさん」って呼ばれてるんだ。

道了様

白狐に跨り右手に悪鬼を懲らしめる捻り木を握っている「迦楼羅さま」 烏天狗のモデルになった神様で、仏教では八部衆に数えられる正義の味方!
こちらの「道了様」は、子供の捻じれた性格を立ち直らせ正しい道に導くことを司る神様。また、開運、家内安全、交通安全などなど、多くの願いを叶えてくれる霊験あらたかな神様なんです。

かつてはここはもっと川のほうに鎮座していましたが、カスリン台風で被害を受け全て流されてしまって、その後現在の場所に再び建立されて今にいたっています。

お不動様

道了様の左隣。 石を積み上げて作られた祠の中に安置されている「不動明王」。
お不動様は僕の護り本尊。 この辺りでは珍しい座像です。

2人の神様に合掌!(願い事は・・・とりあえず今のところは病気を治してくれぃ!)

道了様を後にして、そのまま線路脇を進む。 すると、こちらもみどり市の観光名所。「高津戸渓谷」

はね瀧橋

「はねたき橋」 かつては本当のつり橋で、「〇〇の名所」で名を馳せていたのね。 まぁ、今でも毎年のようにあるのですがね。

これから紅葉が見頃になるから週末は賑わうんだよね。

高津戸渓谷

橋の中央辺りからの景色。 奥に見える赤い橋が最近架け替えられた「高津戸橋」で338号線。 この先が両毛漁協で設けられたC&R区間。

ここの左岸には「はねたき橋」から「高津戸橋」まで遊歩道が整備されているので、紅葉の時期はここを歩きながら見物出来るんだ。

それから左岸側に渡り、要害山の麓の道路を県道方面に下る。 はねたき橋からこの道に出るまでが結構な上り坂で、車ならば屁でもないのだけど、自転車を押しながら歩くと、かなり応えるんだ。

高津戸の東側道路

木漏れ日と涼しくなった秋風を切りながら、県道までの下り坂をすっ飛ばす。足元になんか咲いてたよ。可愛い黄色い花。

タビラコの花?

これ、何だっけ?? 名前が出てこない・・・ ニガナじゃないよなぁ・・・


県道に出て、道の反対側へ渡り少しだけ高津戸橋方面へ下り、すぐの路地を左へ曲がる。

少々荒れた感じの路地を進むと左手に見えてくるのがここ。

阿弥陀堂

「阿弥陀堂」 今では子供の遊び場。しかし、子供がいたずらしてお堂などを壊したりするが、それを咎める大人の方に祟りがあるなどの謂れがあるんだ。 が、そんなにおっかない神様ではなく、普通に真心のある子供に優しい心の広い神様です。 ここに参拝をすれば腫れ物を治してくれると信じられているんです。

で、この「阿弥陀堂」の右横に、ひっそりと鎮座している古い五輪塔が数基あります。

里見兄弟の墓

戦国時代の悲話が残る「里見兄弟の墓」です。

里見兄弟は、僕が先程下ってきた道の直ぐ上にある「要害山」にあった「高津戸城」の城主 里見上総入道勝広の遺児 勝政と勝安の二人のこと。
1576年10月。 2人は上杉謙信や郷士の阿久沢氏、松島氏らの後援で高津戸城に入城する。
翌年、2人は由良氏の軍勢に襲撃に遭い、勝安は討死。 勝政は自刃して果てました。その時に従臣の数名も追腹を切って果てました。
この時の敵軍の将 藤生紀伊守は涙を流し、2人の死を惜しんだと伝わります。そして、敵軍の大将 由良国繁はこの顛末を知り、里見兄弟を弔ったと伝わります。

かつてはこの渡良瀬川界隈は戦場だったんです。 ここは、「里見十二騎の墓」と呼ばれています。


CR区間です

高津戸橋を渡り、大間々駅の裏側を通り渡良瀬川の右岸の土手へ。

ここは特別な場合を除いて車乗り入れ禁止なので、歩いている人や自転車(含、僕)の人たちが行き交うのみ。

で、この辺りが渡良瀬川に設けられた「キャッチ&リリース」区間で、今年の春も僕らや漁協で成魚放流をした場所です。

蕪町の土手

土手の上はこんな感じに道が出来てます。 が、犬の散歩をする方の中に、わんこ爆弾を放置されて行かれる方が結構沢山居るらしく、道の際に偽かりんとうがコロコロ落っこちてます。
「わんこは家族の一員」 しかも、人に生活の全てを委ねている赤ん坊と同じなんですよね。だから、「下のお世話」くらいは親代わりの飼い主の仕事です。 きちっと片付けましょう。

グラスホッパーだらけ

走っていると、「ピョ~ン ピョ~ン」って飛蝗が足元から沢山飛び立っていきました。

戻りヤマメや、居付きのヤマメはこいつらに時たまライズするんですが、そのシーンを目撃できるのは稀で、僕も数回しか見たことない。しかも、このシーンが禁漁期間に起こる現象なので、「幻のライズ」なんて呼んでます。

今年はこんな調子だから、管釣りも暫らくは無理かな? 来年も春までに幾らかでも回復出来ていれば1~2時間くらいはヤマメたちと遊べるかなぁ??

頑張らなくちゃね。


おしまい  


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Duration.

10月24日。

相変わらず体力作りに精を出す。

この日は、僕が決めた「南コース」を行く!

阿左美沼

自宅から愛車で12~3分の所に昔から有る「阿左美沼」 元々は農業用水の為の貯水池なのだが、ずっと前から地元や近県のファンが入り浸る釣りのメッカなの。

ここ数年では地元の有志が放流している「ワカサギ」がブーム。 因みに僕は水が汚いのでワカサギは遠慮している。
今日は釣り人3人。護岸された岸から長竿でワカサギを狙っていた。 休日などはバスファンが結構訪れ、っても子供達ばかりだけど、賑わっているんだぁ。

この日は水が少なかったね。 

奥に見える白いでっかい建物は「桐生競艇場」

西岸の赤い橋

沼の周辺は遊歩道が整備されて自転車も人が少ない時は走れたりもする。

この赤い橋の下には「蓮」が栽培されているので釣りは禁止。 

カルガモくん

橋の下にカルガモ君がいたよ。 ここは季節ごとに渡り鳥などが集まるし、留鳥も多くいるのでバードウォッチングにもお薦めだよね。

風が強えぇっ!

沼を半周した所で向かい風の猛攻が襲い掛かる。 結構強かったのでギアダウンするも、きつい上り坂を進む様な負荷が掛かる。 無理はせず愛車から降りてウォーキングで立ち向かった。

そこから今度は、西コースに向かう。(ちょっと無茶したかな?)

ここもいつもの「岩宿遺跡周辺コース」 鹿田山に向かった。

愛車といつものコース

ここは以前にも紹介した、「ひまわり祭り」の会場の隣。 

夏はこの山で「クワガタ撮り」に訪れる場所。 「捕り」ではなく「撮り」なの。昆虫もC&Rが基本の僕!

鹿田山下のコース

季節柄「スズメバチ」が結構飛んでたから、森の中はあぶねぇかな?

軽くオフロードを楽しんでから自宅へ戻る。


退院してからは、3週間。週4日のペースでこのメニューを継続中。頑張らなくちゃ!


ちょっと前の話だけど、21日の日曜日。

僕が所属している地元のクラブ「渡良瀬ネイチャリングアクト」主催の「フライフィッシング教室」の「キャスティングクリニック」が催された。

キャスティングレッスン

今年は10名程が参加してくれた。 実を言うと僕が入院中に「タイイング教室」が行なわれていて、今年の僕は殆んど戦力外だった。 が、記録する為に写真係をするつもりでこの日は会場に行ったのだけれども、超初心者を任されてしまって、少ししんどかったね。

キャスティングレッスン3

でも、つくづく自分がFFが好きなんだなぁって、改めて実感したね。

体のことを考えて「軽く小1時間」のつもりが教えるのに夢中になって「2時間オーバー」

それと、開始前にちょっと振ってみたのだけれども、フォルスキャスト8回で息切れがし始めたので直ぐに止したの。 相当に体力が落ちている。特に上半身が鈍っている気がした。こんな状態だもの堪えるわけさね! 

帰宅後はかなりバテていたし、直ぐに風呂に入ったのだけれどもその後異常に眠かったよ。

もうすぐ秋本番

帰りがけに昔よく遊びに行った故郷の山をファインダーに収める。

河川敷のススキも何となく寂しそうに揺れてました。


東武桐生線

今朝、25日は東コースへ愛車を走らせる。

いつものコースを巡り、「相生の松」の手前の踏み切りで馴染みで懐かしい電車とニアミス。

学生時代はこいつに揺られて学校に通ったんだよなぁ・・・なんてしみじみ眺めてしまった。

たまにはこいつに揺られて隣町の太田市にでも足を運んでみようかな? なんておもったりもした。


ちょっと、「釣りビジョン」の花鳥風月が始まったので、今日はここまで。

おしまい



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Round of Visits.

今日は、午後から雨が降ってきたね。

午前中は日課の自転車コギコギ。

今日は、自宅近くの史跡や名所を見物しながら汗をかいてきた。

明治館

地元では「明治館」と呼ばれている「国指定重要文化財 旧群馬県衛生所」

僕の家から車で5分くらいの所で、小学校の隣にあります。

明治11年に前橋市に建てられた医学校と併設していて、翌12年1月に衛生所は廃止。14年には医学校も廃校になりました。 で、建物はその後いろいろな施設となったが、昭和3年に当時の相生村が県からの払い下げを受けて村役場として現在地に移築されたものです。

明治館2

開館時間は、午前9時から午後5時まで。 

毎月曜日と祝日の翌日が休館日。

大人150円  子供50円 で拝観出来ます。

喫茶室では紅茶とデザートなどもいただけます。


次に、明治館から南西方面へ。

JR両毛線と東武桐生線とわたらせ渓谷鉄道の線路が集中する地点の近く。

ここに県指定の天然記念物の「相生の松」というものがあります。

相生の松

後ろに見えるのは両毛線。

この松は、赤松と黒松が根元で完全に癒着している珍しい松で、樹高が約18m 目通りが3m60cm 地上2.3mのところで分かれて並んでます。

黒松はかつての落雷で上部が枯れて樹皮が剥がれてしまい、昭和56年に今度は赤松の方が台風で下枝が折れちゃって、どんどん姿が変わってきている。 で、平成13年に木のお医者さんの診察が行なわれ、支柱が建てられたり、外科治療が施されたりしました。

相生の松2

ここにこんな姿で植えられた時期は全く不明で、遠い昔から「相生の松」と呼ばれてきた。

明治22年、町村制施行により、「蕪町」「天王宿」「天沼新田」「下新田」「如来堂」など、小さな村が合併して1つの村として構成されました。
そして、この松に因んで「共存共栄」を願い「相生村」の名が付いたんですね。


次に、「相生の松」の場所から、相生の丘陵地を登り、僕の地元へ。

僕の自宅から徒歩で3分くらいの所に、地元の人たちから信仰されている小さな観音様が鎮座しています。

乳仏観音

僕の自宅と、亡くなられたサッカー選手の松田君の自宅の丁度中間くらいの場所に、昔から祭られている霊験あらたかな観音様。「乳仏観音」と呼ばれる石仏があります。

乳仏観音2

その昔、貧しくて食べるものもなく、自分の赤ちゃんに飲ませる乳も出ず、困っていた母親がいました。

村を巡って「もらい乳」を頼ったけど無駄に終わり、この天沼新田の地に辿り着いたとき、夕もやの中から観音様が現れました。 その観音様は大きな乳房を抱え微笑んでいたといいます。母親はその観音様に手を合わせお祈りしたそうです。

その夜、突然その母親から乳が出るようになったと伝わってます。

この話はたちまちの内に近隣に伝わり、同じ悩みを持つ女性は天沼新田を訪れるようになったとさ。

その観音様は「百箇所観世音二世安楽也 明和九壬辰十一月吉祥日 関口金兵衛」と銘のある石造の観音様で、訪れる女性達にことごとく母乳を授け、その上多くの乳房の病気を治してくれるという御利益も与えてくれる、まさに霊験あらたかな観音様と伝わります。
その後から「乳仏観音」とか「乳房観音」などと呼ばれ、女性の護り本尊として現在も信仰の対象となってます。

乳仏観音3

「大きくして・・・」ってのは無理らしいですが・・・



それから今日は、買い物ついでに隣町の史跡を見学に行ってきました。

このブログでもよく登場していただいている歴史上の人物に縁のある場所を2箇所廻ってきた。

新田義貞公銅像

隣町の太田市に鎮座します「生品神社 いくしなじんじゃ」といいます。

ここは1333年(元弘3年)新田義貞公が鎌倉幕府打倒を目指し挙兵した地と伝わる場所です。

写真は新しく製作された「義貞公銅像」

2010年に、どこぞの馬鹿者が旧銅像を盗んでいきまして(愚か者めが!) そこで、最近ですが新たに太田市の方達が尽力され、「新 新田義貞公銅像」が完成しました。

これは、義貞公が鎌倉攻めの時、海に黄金の太刀を投げ入れて、龍神に祈願したときの像。

伝説では、龍神に祈願するとたちまち潮が引き、海上の北条軍は沖に流された。そのおかげで義貞公は稲村ヶ崎を突破できたとされています。

唱歌にもありますね。

   『 七里ガ浜の磯づたい  稲村ヶ崎名将の  剣投ぜし古戦場 』 

この名将が、上州のヒーロー 新田義貞公のことなんですね。

生品神社

こちらが正面の大鳥居。 

平安時代に創建された神社で、主祭神は 「大穴牟遅神 おおなむちのかみ」(大国主命 おおくにぬしのみこと) 「建御名方神 たけみなかたのかみ」などなど。

また、伝説では「平将門」 または、将門の弟「御厨三郎将頼」の骸を祀っているとも言われています。

生品神社2

こちらが拝殿。 毎年5月8日(義貞公が挙兵した日)に、義貞公が挙兵時に鎌倉に向けて矢を放った故事にならって、鏑矢祭が行なわれます。

ここの周辺っていうより、この新田町には義貞公縁の史跡などが沢山残っています。

国指定史跡「新田荘遺跡」として残されている「太平記の里」です。


結局、今日は雨が降る少し前に帰宅。 「バトルシップ」のDVDを観て時間潰し。

この後はフライでも巻こうかな? クラブのオークション用にもう少し巻いておきたい気がする。


ってことで、今日はここまで・・・

おしまい


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Ghost Rider.

退院して10日経った。

体調はまあまあいい方かな。

仕事がしたい。 が、まだ復帰には時間がかかるよう。

時間ばかりが無駄に流れてゆく。


まぁ、仕方がないのだけれどね。気長に治せと言われているが、とにかく退屈だ。


とりあえず、療法士から言われている「リハビリ」のメニューだけは続けている。

笠懸ひまわり畑3

去年に続き、隣町の「笠懸ひまわり祭り」の会場。 実は昨日まで祭りだったのだけれど、今年は参加は辞退しました。で、今日は「祭りの後」ってことで訪れたのだけれど、今年のひまわりは先日の台風のおかげで6~7割が倒されていて、ちょっと残念な有様でした。

笠懸ひまわり畑4

ひまわりは好きな花なんだけれどね、こうまで倒されちゃうと観ていて辛くなる。

天を突き刺すように力強く伸びて欲しいのだけれどね。 まぁ、来年に期待!

今日はここから更にコースを延ばす。 自宅から6㎞程の場所に笠懸の丘陵地がある。そこを越えて新里町(同じ市内だけれどね)に向かう。

その途中、丘陵地のてっぺん辺りに規模は小さいけれど野池がある。

ここの野池って言っても、ただの農業用水池だけれど、隣には小さな公園が設備されている。

笠懸の野池

今日は釣り人が1人。地元のお爺さんがのんびりと釣り糸を垂れていた。

鮒とか小さな雑魚が釣れるのだけれど、以前はマナーの悪いバスマンが勝手にバスを放したらしく、かなり池の周りが汚れていた。ゴミは持ち帰ろうね。持ってきた時のほうが重いはずなんだから。地元の人たちのボランティアで綺麗な公園になっているんだよね。

もっとも、今はバスの姿も殆ど見えないけどね。水を抜かれたみたいだし。 ここの魚は、藻の繁殖を抑える為に放されているようだしね。

鳩がいたよ

足元の釣り台のパレットの上に鳩くんが休憩していた。


それから、丘の向こう側に向かいそこから2㎞弱の場所に。

桃井塚

以前紹介した「善昌寺」にある「新田義貞の首塚」

群馬の歴史ある私鉄の「上毛電鉄」。 その「新川駅」から赤堀町方面へ向かうと道路の左側にあるのがここ。

「村指定史跡 桃井塚」

指定された時はまだ「新里村」だったけれど、現在は「新里町」になってます。

で、この「桃井塚」は、1338年に越前藤島の戦いで、壮絶な最後を迎えた(自らの首を斬り落としたらしい)主君新田義貞。曝首となった主君の首級を密かに運んできた家臣の「桃井次郎尚常」がそれを善昌寺に届けた後、この場所で主君義貞公の後を追って自害したと伝わる場所なんです。

桃井塚3

写真にある灯篭は、文政7年(1824年)に奉納されたもので、「桃井宮」と刻まれているのが確認できるので、江戸末期にはここにお宮があったかもしれませんね。

桃井塚2

桃井塚4

これが桃井次郎が自害したと伝わる「腹切石」

90cm程の安山岩の石で、この石の上で主君の後を追い切腹されたという伝説が残っているんですね。合掌・・・


今日は午前中に、佐野市にある釣具屋へ行ってフックとボックスを調達し、帰宅後からリハビリサイクリングを始めたので、結構しんどかったけれどね。それでも体力を取り戻したくて頑張っちゃったよ。

それから、自宅近くの史跡や名所を巡ってみました。

愛宕神社

自宅から歩けば10分位の所に鎮座する「愛宕神社」 僕が毎年初詣する神社。

愛宕神社2

創建はいろいろと伝わっていて、万治元年(1658年)説、明暦2年(1656年)説、慶長3年(1599年)説とあり定かではないのだが、まぁ遠い昔からここに鎮座しているって訳だ。

祭神は「火産霊神 ほむすびのかみ」 別名では「迦具土神 かぐつちのかみ」「火之迦倶槌神 ひのかぐつちのかみ」などなど。

元は火の神様で、鍛冶や防火の神様。陶器業の守護神にもされていますね。

ここの神社では、万治元年に拝殿前の鳥居を建て、その遷宮式を行った時に奉納相撲が催された。

これが後に恒例行事になり「相撲の神社」として知られるようになりました。

幕末、慶応4年に当時の横綱 秀ノ山雷五郎の出した「四本柱免許状」(現在の公認競技場認定証)が保存されているらしい。

境内の土俵

で、これが現在の土俵。こうした土俵は市内に殆んど残っていない。僕が中学生の時(もともと柔道部)請われて相撲大会に出場した経験があったね。団体戦で関東大会出場権を獲得したけれど、同日に柔道の県大会が有ったので辞退したけれどね。

今度の日曜日には、相撲大会が催される。ちびっこ相撲が可愛くて見ものなんだ! その為なのか、土俵の整備をしていた。


普段は気付かない場所も結構有って、自宅近くにもそんな場所が幾つか有るんだ。

そんな場所を見つけたり、紹介出来たらいいね。リハビリの序でに・・・

病み上がりでまだふらつきながら、町中をキコキコ愛車のジャック号で徘徊しています。幽霊みたいに・・・・

おしまい

でっかくて目立つバナー作ったよっ!

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Escape.

2ヶ月以上もブログを更新出来なかった。

7月半ば位からに病院に掛かったりしていたが、まったく原因が掴めず・・・

8月の盆の頃、突然病状が悪化し、掛かり付けの医院で紹介状を出してもらい、大きな病院へ行く。

が、「即、入院!」の通告。

自分の体の状態が最悪の領域に届いている事を告げられた訳で、あのまま放っておけば今頃は僕はこの世から消えていたことでしょうね。

人が生きてゆく為に最も重要な「心臓」に欠陥が見つかった。

「これはえらいこっちゃ!」 ってな訳で今月の5日まで入院していた。

辛かったけれど、まぁ取り敢えずは生きてます。


退院後は、それまでの生活から全く違った生活に転換となってしまった。

「減塩 低カロリーの食生活」 お気に入りだった食べ歩きを封印。

外食生活を一先ず止め、コンビニの弁当や惣菜なども一切摂取せず。

1日の摂取カロリーを1400Kcalに抑える食生活に切り替えた。

まぁ、入院中もそれだけだったから、もう慣れたけどね。

おかげで体重が減った事。入院前から比べると20kg以上減ったものだから今まで着れた服がブカブカになっている始末。 

また新たに買い換えるようかな?


そんな訳ですが、まだまだ社会復帰には至らず、自宅でリハビリ。体力回復に勤しんでいます。

のんびりゆっくり回復に努めます。

で、毎日自転車とウォーキングやってます。

岡登用水3

ここが僕の毎日のコース。

岡登用水

自宅から5~6分の所にある「岡登緑道」

ここは小学生の頃、学校で習った「岡登用水」があるところ。

1688年頃、江戸初期にこの地を治めていた幕府代官『岡登景能 おかのぼりかげよし』が、開発のために着手した用水。 このためにこの辺りの農業は栄えたとのこと。

現在もその機能は健在で、しっかりと使われています。 仕様は現代風ですけど。写真は「岡登用水三又分水」


岡登緑道

それからここを西へ向かう。こんな感じで緑道が整備されていて、地元の人たちの憩いの場になっています。

岡登緑道2

岡登緑道3 

季節には、桜やハナミズキが咲いて綺麗。

ここの先に毎年行なわれている「ひまわり祭り」の会場があるの。今年ももうすぐ。ってか明後日の土曜日だ。


次に、この緑道の南側へ。

岩宿遺跡

ここは地元でも全国的にも有名な場所。

日本で最初に旧石器時代の存在が確認された遺跡である「岩宿遺跡」

岩宿遺跡2

1946年、研究者の相沢忠洋氏によってこの場所にある関東ローム層の中から黒曜石で出来た石器が確認された。 

岩宿遺跡3

隣に薀蓄の看板があるので、それ見てね。

で、もっと詳しく知りたい方は・・・

岩宿ドーム

岩宿遺跡の碑がある稲荷山の道を挟んだ向かいに「史跡岩宿遺跡保存観察施設」通称「岩宿ドーム」があります。

この施設の中には、相沢氏が多数の石器を発見した赤土層が展示されています。

興味のある方は是非、この国の太古の歴史に触れてみて下さい。お薦めです!


鹿ノ川沼

ここ岩宿遺跡のすぐ隣に、「鹿ノ川沼」があります。

周囲には遊歩道や公園、広場などが整備されていて、地元の太公望や近くの保育園児などが遊びに来ています。

鹿ノ川沼2

今日も大勢の釣り人が遊びに来ていました。ここではヘラブナや鯉が対象魚ですね。

鯉が泳いでた

こんな奴ら。

鹿ノ川沼隣のコスモス畑

この鹿ノ川沼のすぐ下。国道50号側に小さなコスモス畑があります。

鹿ノ川のコスモス畑

コスモスも僕の好きな花。 メキシコ原産のキク科の一年草。日本には19世紀に渡来しました。花言葉は「乙女の心」 

ジャックフラッシュとコスモス

自宅から一番近くにあるコスモス畑で、小さいけれど気に入っている場所なの。


寄り道や休憩を入れながら、大体1時間位で回れるコースかな?

これから毎日自宅周辺を回るつもり。 まだ50%位しか回復していないので・・・

早く復帰したいなぁ・・・


おしまい

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