気まぐれ釣り師の、底抜け冒険譚!

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Suddenly.

1月26日。


午前7時起床。 幾らか曇り気味の空。

身支度を整えて「満腹号」で出動!

自宅近くのK電気で携帯の保護ケースを購入。 

実は長年使っていたお気に入りの携帯電話がついにクラッシュしてしまい、前日の金曜日、仕事終わりに携帯鵜ショップに行く羽目に。

どうやらマイク部分が壊れて相手の声はよく聞こえるのだが、僕の声が相手に伝わらない状況になってしまったのだ。

で、悩んだ結果ついに「スマホ デビュー」となった。 僕のような超アナログ人間には持て余す代物。
正直に言って「よくわからん?」のだ。 使い方がまだ良くわからない。専門用語も理解不能? もっとも理解しようと努力していないせいなのだが、別に「覚えんでも生活に変わりはない」というのが本音だ。 言い訳にも聞こえるが・・・・

で、ポイントが貯まっていたのでそちらで購入できた。

それから、太田市方面へ向かう。

赤城山も寒そう

急に風が冷たくなって、空を見上げているうちに風花が舞い出す。

「寒み~」 と愚痴を言いつつ林の脇の風裏に一旦非難。 風の止むのを待って再出発。

東武線急行

ネギ畑の向こうを東武線の急行がすっ飛んで行く。浅草行きの上り列車。僕も偶に使う急行。もっとも僕が使うのは館林駅下車が多いかな?

やぶ塚温泉を抜け、西へ向かう。 東武線の線路を越え、田園地帯に。

途中で休憩に立ち寄った場所。

岡登神社

「岡登神社」

幕府代官「岡登景能公」を祀った神社。

こちらはその由緒書きなんだけれども、面倒臭いので引用させてもらう。

「景能公は寛文九年、笠懸野に赴任し鹿之川に陣屋を設けて管内を綿密に調査測量の上農民のために開発の許可を得た。
そして足尾町を起点とする銅山街道沿いに地区割を設け、久々字 桃頭 本町 大久保 山之神 六千石 権右衛門 溜池と不毛の土地2052町歩を開発し原八ヶ村を新設した。
更にこの地に水を引くべく大間々地内の渡良瀬川右岸の「蕪町」より岩盤を刳り抜いて取水口を設置し三俣分水により用水を西南に二分するなど難工事を重ね念願の笠懸野を潤す岡登用水を完成させたのである。
開拓住民の安住は先づ敬神崇祖の精神をと大原神明宮をはじめ五社三寺を創建して民心の安定に心を盡くした。
偉大な事蹟を重ねられた景能公は貞享四年十二月三日(1687)冤罪を被り自刃された 齢五十余才と伝えられている。
遺骸は笠懸町国瑞寺に葬られその功績を認めらられ大正四年 従五位を贈られた。
 地区村民は景能公の恩に報いるため、宝暦二年(1752)京都吉田神道家に神号下付の運動を行い「顕信霊神」の神号が下付され、ただちに本町村神明宮境内に社祠を建立「岡登霊社」とした。
時代は還り用水路再興の願いは明治五年許可され翌年完成した。
その後昭和三十一年から「岡登用水」の笠懸町 阿左美沼東貯水池に於て開催されている競艇の事業収益は周辺市町の財政を潤している。
景能公没後三百年、今尚 公の恩恵に浴しているのである。」

教科書に載っていた「岡登用水」を作った人物が「神」として祀られている神社。 でも、人物が神として祀られているのだから「神社」ではなく「神宮」扱いの方が正しいような気もするが・・・  まぁいいか。

岡登神社2


境内は人っ子一人いない寂しい状況。が、野鳥がピーピー鳴いていて穏やかな気分になる。

途中で買ってきた温かいお茶を啜り、10分ほど休んでから境内の中をウロウロする。

岡登神社3

神社の隣に「神明宮」 実はこの神社、この「神明宮」の境内の中に鎮座している訳で、右隣の「神明宮」が元々在ったお宮なんだって。

休憩後、今度は北の方角に向かう。

国道50号を越えて阿佐美沼方面へ。 桐生競艇場の脇に出たところで群馬名物の「赤城颪」の洗礼を受ける。

強烈な向かい風の中を必死にペダルを漕ぐが、なかなか進まない。 強風どころか烈風だ。 沼の水面が荒れて水飛沫が・・・  「この季節に行水したくねぇ!」 バカバカしいほど冷たい。

服がビショビショになってしまい、仕方なく帰宅する。 帰宅後、あまりにも寒かったので風呂を沸かし冷えた体を温めることにした。

で、その後はDVDを観たり、フライを巻いて過ごしたの。

#30 F・ミッジピューパ

先日のミッジの続き。 この日は「#30 フローティングピューパ」を1ケース分だけ巻いた。 20本ね!



1月27日 日曜日。

朝、目が覚めたら外は軽く銀世界。 夜中に降ったのだろう雪で白く光っていた。

晴天なり

が、天気はいい。 この様子なら昼過ぎには溶けちまうだろう。

で、午前中は倉庫の整理。 ガソリンスタンドで愛車の給油とメンテナンス。 満腹号の洗車などで時間を潰した。

昼飯を食べて、午後2時頃、満腹号出発!

午後の赤城山

今日の赤城山。 雪を被った赤城山は本当に綺麗だと思う。 

遠くに谷川連峰

いつもの峠から眺める谷川連峰の西の端辺り。 向こうは真っ白。 前々日、前日と寒波が襲ってきた山向こうは大雪らしかったから何となく判る気がする。

浅間は雲の中

いつもの浅間山は今日は半分雲の中だった。 ここからの眺めは丁度良く、綺麗なシンメトリーな姿を拝める。

養護学校前を通り公園の池の脇で水鳥達にご挨拶。

別に逃げんでも・・・

って、別に虐めたりしないから逃げなくたっていいんでないかい? コガモの群れが毎年訪れる用水池。


鹿田山の峠を降りて国道方面へ進み、伊勢崎市に入る。

いつも立ち寄る鉄工場の自販機で休憩。

最近ハマッてるひめぽん

最近ハマッている「ひめぽん」を購入。 疲れた体と風邪予防に糖分とビタミンCの補給。

国道50号を越え、住宅街と商業団地内を抜けて国定駅に出る。

国定駅で休憩

「JR国定駅」で休憩。  焼き芋屋の移動屋台が通り過ぎる。甘っとろいいい香りも通り過ぎてゆく。「腹減ったなぁ・・・」

駅の反対側へ。

国定忠治の碑

忠治親分の碑の前。 そこから両毛線の線路脇に出て町道291号線を北上。 

両毛線国定駅

時間も午後4時を回っていたのでかなり日が傾いてきた。

再び国道50号を越えて西鹿田エリアに入り、いつもの鹿ノ川沼へ出て小学校脇を通る。

自宅近くの「神明宮」に差し掛かったところで馴染みの香りに気が付いた。

蝋梅咲いてた

「そういえばもう季節だったなぁ」 境内(といっても小さな分社なので猫の額ほどだが)脇に咲く「蝋梅」の花。
安中市の蝋梅林もピーク過ぎちゃったかなぁ? 今年はまだ行っていないや。 

甘い香りを暫し楽しみ、再発進。

夕日の袈裟丸

前方には夕日に照らされた「袈裟丸山」が遠く聳える。 足尾山塊の端の山。春にはアカヤシオの花がきれいに咲き誇り、登山客を楽しませてくれるんだ。 また登りたいなぁ・・・ 当分無理か・・・


最近は仕事の関係で、週末のみのライディングばかりだけれど、もっと体力と持久力を付けないとね。
もうすぐ解禁だし・・・

さて、フライ巻くかぁ!

おしまい

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Stay up late.

久しぶりの夜更かし。 1月20日早朝ってか夜中。

ここ数年、出番がなかった天体望遠鏡。

僕が高校に入学した年に買った年代物。 昨夜というより今日の真夜中に倉庫から引っ張り出して、車に積み込み赤城山中腹まで出掛けてきた。

午前1時に出動。 自宅から30分程の赤城山中腹。場所的には旧富士見村付近。

この辺りは免許取りたての頃に良く観測に通った場所だが、当時と比べて人家が増えていて、あの頃はただ高原が広がっていてあるのは酪農農家の牛舎などがポツリポツリとあるだけだったけれど、人家が増えたおかげで防犯用に設置された街路灯が目障りになっていた。

夜中の前橋市

相変わらず、夜景だけは綺麗。 気合入れて赤城の地蔵岳、長七郎岳、鍋割高原まで登れば、関東平野の夜景を一望できる。ただこの季節の夜中の赤城は、バカバカしいほど寒い。 防寒対策を完璧にしなければ、風邪をひくなんてレベルでは済まされなくなる。 かつて敢行した僕がそんな経験をしている。 あの時は地蔵岳に登って、星と夜景を見に行ったのだが、「とんでもなく寒い」・・・というか「痛い」寒さを思い切り味わうことになってしまった。 スキーウェア程度では足らないかもしれないね。

今回、望遠鏡を引っ張り出して、序でに写真でも撮影しようかな? なんて考えていたんだけれども、取り付けるカメラ(年代物の一眼レフ しかもマニュアルフォーカス)が、壊れて使えなくなってしまっていた。 仕方がないので現在使用しているデジカメを引っ張り出すが、マウントが無いので望遠鏡に取り付けられない有り様。

結局天体撮影は諦めて、カメラは定点撮影に使う。

時間的に冬の大三角が南西側に傾いて見えている。 

比較的楽な姿勢で、オリオン座の「トラペジウム」の観測に入る。 その横でデジカメを露出時間を3分~5分取って榛名山方面を捉える。

前橋北部と木星とオリオン座

レンズが暗く、カメラ自体の性能も低いので星は綺麗には写らない。 でも何とかオリオン座は写ったみたい。

右下に写っているのは木星。 

前橋北部とオリオン座

冬の大三角を入れたかったのだけれど、広角レンズを忘れてこの様。 大犬座シリウスまでは何とか入ったけど。

結局2時間程度で、寒さに負けてギブアップ。 とっとと帰宅。 眠くなってきた。

ただ気になるのが、なんか空が光ったような気がしたんだけれどね。

居睡り運転が怖いので、帰りの車の中では目の覚めるようなミュージックで気合を入れなおす。

Yazawaを聴きながら

永ちゃんを大ボリュームで突っ走る! 偶には羽目を外してRock 'n' rollに酔い痴れたりね。普段はJazzが殆どなんだけれど。

帰宅後直ぐに風呂に飛び込み、それから速攻で布団の中へ ZZZ…


午前7時30分に目が覚める。 結局昨夜? は3時間寝ていない。久しぶりの寝不足。 血圧が上がっちまうよ~!

昨夜から積みっぱなしの道具を片づける。が、よく見たら望遠鏡がかなり汚れていたので綺麗に磨きなおす。

もう30年前の代物なので汚れがひどく目立つ。 鏡筒内の鍍金も十年以上やっていないから、そろそろメンテに出そうかなぁ?

愛機

十何年か前にメーカーに問い合わせたら、この機種の部品がもう無いという。 調子の悪いガイドモーターでさえ専用機種が無い始末。 なんとか動くには動くが、長時間連続で動かない。測ったら5分以上のガイド撮影が出来ないことが分かった。 

新機種を買おうか迷っている。 が、こいつも捨て難い愛機。 こいつのおかげで「ハレー彗星」を毎晩のように観測出来た思い出があるし、昼間に東京タワーを観たり、色々な天体に出会えている。

しかし如何せん古い機種だからメンテナンスに金が掛かる。 迷うよね。 思い切って新型を買っちまうか?


悩むときりがないので、取りあえず綺麗に磨き上げた。


そういえば昨年11月に応募した愛読書「BE-PAL」の月間プレゼントが久しぶりに当選した。 別に大したものではないんだけど、なんかちょびっとうれしい気分。

懸賞当たった

イラストレーター 安永水丸さんのイラストが描かれているオリジナルバンダナ。 愛用の「OLVIS CFO」と「Sir Edward's」のリールと一緒に記念撮影。 こいつらも古いアイテムだなぁ・・・ 

この後は昼飯を食って、フライ巻いて、ロッドの虫干しでもするか・・・ バンブーも袋に入れっぱなしだしなぁ。


おしまい

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a Country road.

1月19日。

早いもので、1月も後半に突入した。 まぁ、毎年の事なのだが1月は過ぎるのが早く感じるんだ。


今朝は少々朝寝坊。午前7時30分に起床。 身支度を整えてから、「おじや」で朝食を済ませそれから車で出動。

特に当てはなかったのだけど、毎年この季節にしか見ることが出来ない名所へ出かける。

国道122号線を日光方面へ。 みどり市を抜け黒保根町へ入る。

宿廻のT字路を左折。 山道はまだ所々に圧雪が残り、完全に氷になっている部分もある。

梨木館

桐生市で唯一と呼べる温泉旅館「梨木温泉 梨木館」 

明治12年創業の老舗温泉旅館。 

梨木館と深沢川

詳しくはここのHPを見ていただければ、宿泊に関する情報を閲覧できるのでそちらへね。検索すればすぐ出るよ。

で、この旅館の下を流れる「深沢川」は、以前はよく釣りに入ったが、ここ最近は魚が少なく小型化してきているので、釣りは遠慮している。残したいからね。

で、今日の目的はこの梨木館の川を挟んで対岸の山肌に毎年現れるこいつ。

梨木の氷柱6

「氷のカーテン」 毎年、氷柱が垂れ下がるこの季節にしか見れない自然のオブジェ。

梨木の氷柱3

観光名所としては大したことはないけれど、結構見物に来ている人たちがいる。しかも県外から。

梨木の氷柱5

山肌から滲み出る湧水が、こういった自然現象を作り出す。 

ここで、しばらくのんびりと過ごし、それから峠を越えて新里町に抜け、途中コンビニに立ち寄り帰宅。

昼飯を食ってから今度は満腹号で出動。

今日は、桐生市内を抜けて桐生川方面へ向かう。

錦桜橋から赤城山

桐生市のメインストリートに架かる「錦桜橋」から上流方面の眺め。 今日は風も穏やかだけどちょっと肌寒いかな。 時々赤城颪っぽい風が吹くが大したことはない。

で、いつも思うのだが、「あんまり川を掻き回さないで欲しい」  何の事業だか知らないけれど毎年川の状況が変わるし、台風が来ると魚が避難する場所が無くなるので、大きな石を除去しないで欲しいんだよなぁ。 建設省はいったい何を考えているのか解らん。

それからメインストリートを北上。 コランバス通りから仲通りに出て、幸橋へ。

幸橋から桐生川

「桐生川」 僕の本当の「故郷の川」 ここで釣りを覚え、川のルールを覚え、川に鍛えられたの。 今では当時の面影はなく、護岸や河川内工事、そして桐生川ダムの建設で川の流れは激変してしまった。僕が釣りを覚えた頃はこんなに水は少なくなかったし、渡良瀬川からは尺物ヤマメが遡上したものだった。 生活排水の流入もそうだが、水質が特に変わったね。今ではここで泳ごうなんて気が起こらないよ。


桐生川を渡り菱町へ。 それから菱小学校方面へ坂道を上り、消防分団署手前を曲がる。

泉龍院

「田澤山青松林泉龍禅寺泉龍院」 
以前は天台宗のお寺だったけど天文15年に曹洞宗に変わった。泉龍院は山林寺号を有する関東屈指の古禅林で、特に全国各地、さらに海外からも多くの修行僧が集まり、禅学を学んだ寺として宗門僧侶の出世の道場として開かれていた。本尊は「釈迦無尼仏」と「薬師瑠璃光如来」。
「薬師如来」は霊験灼かで悪病を祓い、一切の厄を取り除き大願を成就する薬師様なんだ。
慶安2年に徳川3代将軍家光公より特使を受け山門を建立。徳川家と庶民の安泰を祈るべく厄封じの祈祷印を受け厄除けの寺として今日に至っている。今では厄除けの名声遠くまで広がり、「桐生厄除け薬師霊場」として近隣各地より大勢の参詣客が訪れ「特別祈祷寺」として信仰されているんだ。

泉龍院山門

境内には天然記念物として「四方竹群」保存樹として「大王松」「コウヤマキ」「多羅葉」があり、建物としては山門が徳川家光公よりの特使によって建立され、瓦には葵の紋が確認できる。
また「長屋門」は当地の殿様であった「細川内膳」の屋敷門をそのまま移築され、茅葺き屋根が残されている。
法堂内の四方欄間は彫刻師「関口文次郎」作といわれている。
宝物では徳川3代将軍家光公よりのご朱印。450年前の「韋駄天様」山越源右ヱ門奉納の「身代わり観音立像(別名胴ぎり観音)」「板碑」「隠れキリシタン碑」などがあり、一見の価値がある。

泉龍院本堂

本堂で参拝。 お賽銭は「東北義援金」の方へ。

四方竹

これが天然記念物の「四方竹」

断面が四角い竹。 バンブーロッドに使えるかは疑問。 使った人いるのかなぁ?


次にそこから「黒川」沿いを上流へ向かう。

泉龍院から上流方面へ20分強。

黒川ダム

「黒川ダム」 子供の頃ここまで釣りに来ていた。 当時は“鯉のぶっこみ釣り”をしていたなぁ。

2年前くらいに来たきりだったが、相変わらず人気ねぇなぁ・・・

黒川ダム2

湖面(全然広くないけれどね)を覗く。 半分くらいは氷に覆われている。 黒川のインレット付近は氷は解けているが、昔から比べるとかなり流入土砂などで浅くなっているみたいだ。

魚の気配は、ウグイの群れが1集団確認できた。 生意気にライズなんかしてやがる。

さらに上流へ。 この奥は道は「仙人ヶ岳登山道」になる。 山奥からシカの鳴き声が聞こえた。

黒川上流2

小さな流れの「黒川」 昔は小さいけれどヤマメが居た。 今では全く見れなくなってしまったが。

ただ水は綺麗なジンクリア。 

黒川上流3

サワガニくらいは居るだろうけれどね。 

登山道入り口付近で引き返す。

黒川ダム3

帰りがけにもう一度ダムの湖面を見る。 やっぱりさみしいなぁ。人気が無いって・・・ 

ここでは以前、変な影を見たりしたからちょびっと不気味かもね。退散!


再び桐生川へ。 土手の上はアスファルトが敷かれ遊歩道に整備されている。何時やったのかねぇ?

稲荷橋と吾妻山

「稲荷橋」 ここいら辺がガキの頃の僕らの遊び場だった。 学校から帰ればランドセルを部屋に投げ込みそのまま自転車でここに来ていた。 橋の下で魚の手掴みしたり、下流側で「オイカワ」をテンカラで釣ったり。 今では危険という理由でほぼ禁止になっているヤス突きなんかしたものだった。

稲荷橋

この橋の下で友達と待ち合わせて、川に入ってジャブジャブ遊んだ「川ガキ」だったんだなぁ。 昔はもっときれいな水だったが、時代の変化は自然の変化に比例している気がする。

桐生川遊歩道

バラス道を覚悟していたのだが、知らぬ間の舗装事業、之幸い也。 走りやすくてよかったよ。

上流の「中里橋」へ向かう途中、僕のお袋殿の生家があった場所に差し掛かる。 僕の祖父の家があった場所は今はもう奇麗に更地になっていたが、家の裏にあった稲荷様がまだ残っていたことに少しだけ懐かしく、嬉しい気分に浸ってしまった。 

数分間だけノスタルジックな気分を味わい、今度は対岸の土手へ。

中里橋から下流側

「中里橋」から下流側。 最近はウグイやオイカワが少なくなり、代わりにカワムツが増殖しているらしいのだ。
おそらく琵琶湖産のアユに交じってやって来たのだろう。 フライで遊べるから練習には面白い相手だよね。口が小さいからミッジのトレーニングになるだろうね。

橋の上で犬の散歩をしている可愛い女の子がいた。 田舎だけれど、こんな綺麗な子が隠れている僕の故郷。

生まれ故郷って言ってもいいかな? 僕を育ててくれた町。引っ越ししてから滅多に足を運ばなくなっていたが、「心の故郷」ってのはやっぱりかけがえのないものなんだなぁ・・・ なんて思いながら、夕方の街を汗かきながら自転車を漕いできました。


おしまい

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Tempest.

1月14日。

久しぶりに関東地方に大雪が降った。

まぁ、僕的にはこの程度の雪など「大雪」なんて呼べないのだけれど、交通機関は麻痺状態。

慣れていないせいなのだろうね。 仕方がないのだろう。


で、今日。15日。

昨日の雪で、仕事場が麻痺状態。 現場が凍って中に入って行けなくなる始末。

なもので、今日は臨時休業。 仕方がないので午前中、定期健診に近所のクリニックへ行く。

採血をして、薬を大量に貰って、終了。

昼飯を食って、ぐっさんのクイズを観てから外出。 足利市へ向かう。


総社 八雲神社

数日前に行ったのは「通町の八雲神社」だったけれど、今回訪れたのは「総社」の方。歌手の森高千里さんが「渡良瀬橋」で歌ったのがこちら。

実はこちらが昨年末に火災で全焼してしまった「八雲神社」

毎年、1月3日に初詣に来ていた神社。 火災後、すぐに現場を見に来て惨状を目の当たりにしてから足が遠のいていたんだけど、今日、どうしても気になっていたので来てみたんだ。

手水舎

「手水舎」で身を清めて、拝殿へ。 が、目の前の階段のすぐ上に建てたばかりの仮拝殿が見えた。

仮拝殿

「こんな見え方していなかったんだけれどなぁ・・・」

溜息が出る。 何故あんなことになってしまったのだろう? 放火だとしたら絶対に許せない所業だ。

って、今更文句を言ってももう決して戻らない。 仕方がないので少し諦めムードの気分で参拝。

仮拝殿内 神鏡

これが現在の「総社 八雲神社」の姿。 

迫力が無くなってしまったが、それでも三元日は初詣客で賑わったらしい。

貞観11年(869年)に清和天皇の勅定で、「素盞嗚男命」と「牛頭天皇」を祀ったのが始まりという。また、日本武尊が東国征伐の時に出雲大社を勧請したと伝わる。藤原秀郷公が新皇平将門討伐の時に、また前九年の役及び後三年の役の際に源頼義と源義家が戦勝祈願に訪れている。秀郷公は将門討伐後に神馬と太刀を寄進したと伝わる。
で、応徳元年(1084年)には源義国によって足利郡と梁田郡の総鎮守とされている。

明治10年(1877年)、天神社境内に社殿を移転。以前の鎮座地は渡良瀬川の氾濫に遭うため高台の天神社境内に移転された。
平成24年12月9日午前3時25分頃、不審火により出火し社殿を全焼してしまった。

祀られていた「神鏡」は「牛頭天王の神鏡」として伝わっており、また元禄8年に社殿改築の際に奈良平安時代の古銭が出土している。この地の領主の「本庄宗資」は、この古銭で5つの神鏡を鋳造させ、そのうち4つを皇大神宮、鹿島神宮、若宮八幡宮社、護国寺に奉献した。残る1つが当社に伝わる神鏡であり足利市指定文化財であったが、今回の火災により焼失してしまった。

とりあえず参拝を済ませ、あまり見たくはなかったが火災現場を見てみる。

本殿火災現場

綺麗に整地されていましたね。 火災後ここを訪れた際はまだ、瓦礫の山だった。 恥ずかしいけれどあれを見て涙ぐんだくらい悲惨な現状だった。 今でも思い出すだけでくるものがある。

ここには迫力のある綺麗な拝殿と、その奥に歴史を感じる本殿があったのに・・・ あ~ やっぱり悔しい!


が、いいことを聞いた。 どうやら足利市が「八雲神社再建」を検討しているらしいんだ。 足利市の総鎮守だものね。なんとか復活して欲しい。


右隣にある「機神様」にも参拝。

機神様正面

ここ足利市も昔は「織物」で栄えた町。 僕の住む町では「白滝神社」って、織物の女神様を祀った神社がある。

この八雲神社がある場所は、「足利公園」として市民の憩いの場になっていて、と同時に古墳である。

足利公園古墳

明治10年。足利公園造成にともない、人類学者「坪井正五郎博士」により日本初の古墳の科学的な調査が行われたことで有名。「緑町古墳群」の中に含れ、確認されているだけで10基程の古墳が現存している。

写真は「5号古墳」

石室入り口封鎖中

全ての石室はこんな感じで封鎖されている。中に入ると危ないよって警告なんだろうね。恐らく「便所コオロギの巣」と化しているだろう。推測だけど・・・

歴史的にも重要な土地なんだ。

まだ融けない

日の当たらない北側斜面で、思い切り滑って転んでしまった。冷てぇったらなかったよ。

午後3時近くになったので帰路に就く。

帰りに行き付けの釣具屋で買い出し。 フライBOXと♯32のフックを購入。



今日の赤城山。

いっぱい雪降った

久しぶりに全体に雪化粧をした赤城山。 春の花の咲く頃になったらまた遊びに行こう。


おしまい

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Riversaide wind.

1月9日の話。

正月休みも残すところあと2日となったこの日、いつもの日課となってしまっている「チャリでGo!」

午前10時自宅を出発。 この日は隣町のみどり市方面へ向かった。

高津戸峡

相川橋から渡良瀬川の対岸へ渡り、紅葉の名所「高津戸峡」の裏側から「小平地区」へ坂道を登って行く。

浅川大橋

要害山の麓の道を塩原地区方面へ進み、浅原大橋を渡る。ここは初夏の夜、僕が「虫撮り」をしている橋。夜、ここの水銀灯の下にクワガタやカブトムシが集まってくるんだ。 ただし、ものすごく不気味だよ。近くに自殺の名所もあるし、僕もここでは何度も怪しい影や、誰もいないのに人の気配を感じたり、激しい頭痛と吐き気に襲われたりしている。 敏感な人にはあまりお勧めできないよ。

途中で「塩原の大日如来と庚申塔群」を訪れる。

塩原の大日様

寛永6年に造立されたと伝わる大日如来像は、住宅地のすぐ裏手にあり、胸で智拳印を結んでいる。銘文には「鏡海上人囗囗大小旦那衆 奉造立大日如来尊囗囗現當二世処也 干時寛永六己巳今月日敬囗」と刻まれているのが確認できるがかなり削れているので良く読めない部分がある。鏡海上人というお坊さんを中心に当時の朝原村の農民の皆さんが集まり、村の繁栄を願って造立したものという。

次に、そこから「小平川」を挟んで対岸の山の懐に安置されている「浅原百観音」へ向かう。

「大日如来」の先にある「「菅原神社」の手前を左折し「浅原体験村」方面へダラダラ上り坂を登り、体験村方面手前を直進すると、すぐ右手に「浅原百観音」がある。

浅原百観音

天保年間に作られた百観音。坂東33体、西国33体、秩父33体がここ1カ所に祀られている。

そこから今度は「福岡大橋」を渡り、国道122号線に出て、大間々警察署の先を「銅街道」に右折する。

銅街道

ここはその昔「桐原宿」という宿場町があり、現在の日光市足尾町にある「足尾銅山」から産出される銅を利根川の川岸まで運ぶ街道だったんだって。

この日は、ここから新里町から伊勢崎方面へ向かい、JR国定駅でお茶休憩をした後、自宅へ戻る。

11、12日は仕事初め。きっちり仕事をして、夜は毛鉤製作。



1月13日。

土曜日が仕事だったので2連休だ。

街では「成人式」の着物を着た若者たちが屯している。 僕の親戚の子も今日は市で主催している合同成人式に出席しているはずだ。
因みに僕の成人式(数十年前の話)、その日僕はアルバイトをしていたなぁ・・・ 
「成人式なんて面倒臭い」なんて考えていたし、退屈な話を聞いて、後は酒を飲むだけで折角の休日を潰すのは僕の意思に反する。 なんて思っていた。別に思い出なんか欲しくなかったしね。 まぁ店長にどやされたけれどね。 あの時は「ペットショップ」で働いていた。皆が着物を着ていた時に僕はエプロンをかけていたよ。


まぁ、そんな連休の1日目。明日は天気が崩れるらしいので今日が成人式で良かったんじゃあないかな?

午前9時頃。自宅近くのスーパーマーケットとドラッグストアで買い物。それから11時に「満腹号」で出動。

今日は風も穏やかで日差しもポカポカだったので、久しぶりに「渡良瀬サイクリングロード」を走ることにした。

「錦桜橋」から渡良瀬川の左岸土手に延びるサイクリングロードを隣町の足利市方面へ進む。

渡良瀬 桐生川合流点

僕が釣りを覚えた「桐生川」と「渡良瀬川」の」合流地点。 足利市小俣町付近だ。

手前が桐生川。奥から流れてきているのが渡良瀬。 ここは大物が停留するポイントなのだが、みんなして突っつくものだから、全然釣れない場所。 人の気配でライズが消える。

足工大裏

足利工業大学の裏手。 風力発電の風車が目印。この下にはソーラー発電のパネルが並んでいる。

更に下流方面へ進む。 日差しがポカポカしていてとても走りやすい。

葉鹿橋

「葉鹿橋」を通過。 この先は太田市。

日赤病院の風車

新しくなった「足利日赤病院」の駐車場隣の公園と風力発電の風車。

少子化なんて囁かれているけれど、結構子供たち居るじゃない! 親子釣れが沢山。彼らが未来の日本を支えていくのかねぇ?

「織姫橋」まで来たところで、市街地方面へ降りて行く。

織姫神社

「足利織姫神社」 考えてみたら今日は日曜日なんだよね。 観光客や初詣客がいっぱい。 

国指定登録有形文化財の織姫神社は、産業と縁結びの神様として1300年の歴史があります。 
明治13年に火災で焼失しちゃって、その後、昭和9年よりに3年の歳月をかけて再建され、神社としては珍しい鉄筋コンクリートで昭和12年、現在の社殿が完成。 朱塗りの綺麗な神社に生まれ変わりましたとさ。

次に、その隣。 僕が毎年1月3日に初詣に来ていた場所。

八雲神社入り口

「八雲神社」 因みに今日僕が訪れたのは、緑町の八雲神社ではなく、通町の八雲神社。森高さんが歌ったのは緑町の方。

昔、藤原秀郷公が平将門討伐の戦勝祈願を行い、討伐後に神馬などを献上したという伝説のある神社。 隣町の佐野市にある唐沢山に秀郷公のお城があったって言うしね。 

緑町の八雲神社は昨年12月9日に不審火で神社は全焼してしまった。 拝殿に祀られていた牛頭天皇の神鏡も焼失してしまった。

すごく落ち着いた霊験のある神社だったので、僕もすごく気に入っていたのだけれども、火災の後訪れたときは残骸が残っているだけだった。 すごく寂しい思いをしましたね。

ということで、今日は通町の八雲神社へ。 織姫神社の真向かいだから判りやすい。

八雲神社

拝殿でお参り。 

もちろん満腹号は押して入りましたよ。境内は下馬がマナーですから。

ここから足利学校の裏を回り、渡良瀬川土手に再び出る。

可愛いオブジェ

太平記館の前で、スズメの学校に出くわす。可愛いので写真を撮ってきた。

で、織姫橋まで戻り、そこから路地を抜け「渡良瀬橋」に出る。

渡良瀬橋

この橋が「渡良瀬橋」 ここを訪れた森高さんがここからの夕陽を見て「渡良瀬橋」という名曲が誕生したんだって。 因みにこのとき僕は大学1年生。で、うちの大学では学園祭で「小泉今日子さん」のコンサートをやった。
学園祭の実行委員会だった僕は、森高さんのコンサートを開いた大学へ陣中見舞に行ったなぁ。

渡良瀬橋歌碑

この渡良瀬橋から下流側へ50mほど行ったところに「渡良瀬橋歌碑」がある。 横のボタンを押すと歌が流れるんだ。
昨年5月に森高さんもここを訪れているし、今度、足利市でコンサートがあるらしいよ。


大七の看板

再び来た道を戻る。 振り返ると「足利市のシンボル」的な看板が山の中腹に見える。

そういえば、ここって「ナニコレ珍百景」に出たんじゃなかったかなぁ? 

カワムツのライズ

帰り道、松田川脇の水路(渡良瀬川から取水)で、何かのライズを発見! 何を食べているかは判らなかったが、どうやらカワムツのライズのようだ。

それから約1時間15分後に自宅到着。走行距離35km。まだまだだなぁ。 遅い昼飯を食べて、それから毛鉤製作。まぁ毎度のパターンだ。

今日はこんなのを巻いてみた。今日は自分で使うやつ。

ユスリカ・アダルト

「ユスリカ・アダルト」これは#30のフック。 最近、なんだか老眼になってきたのか? 細かい作業が大変に思えてきたんだけれども・・・ 多分気のせいだと思う。

ヘアーウィング・ダン

「ヘアーウィングダン」 こいつはアカマダラカゲロウのパターン。ボディの色を変えるだけでパターンを変えられるからタイイングはまとめて数十本。 多いときは一気に30とか40巻いちまう。 ボディのグースバイオットが決め手。

カディス・ピューパ

「カディスピューパ」 渡良瀬の人気ポイントで僕の兄貴分のHさんが、このフライを使ってバカ釣りをやったことが有る。 クリップルタイプにしてあるので流速のある場所でも水面で安定して流れてくれる。

エルクヘアーカディス

「エルクヘアーカディス」 僕が使うエルクヘアーカディスは全て「キールパターン」にしてある。

こっちの方が魚にプレッシャーを与えないので、魚を騙しやすいのだ。 巻くのも簡単だし、良く釣れるから、僕のカディスBOXは「キールカディス」ばっかり。

で、最後に3本だけ遊んでみた。

アンテナカディス

アンテナ付けてみました~  釣れるかどうかは別問題として、時々こんなことして楽しみながら毛鉤作ってます。

クラブのオークション品は完成したし、あとは頼まれたフライを巻き上げるだけ。

で、夜に地元の所属クラブ「渡良瀬ネイチャリングアクト」の先輩メンバー2人と部費の決算をしてきた。僕、会計監査を仰せつかっているもので。

明日は天気悪いみたいだから、1日中バイスの前に座っていると思う。 自慢じゃぁないけれど僕の集中力は伊達じゃあない。これだけは確実! 日がな一日毛鉤作っていられるしね。そのうちエコノミーシンドロームか痔になるんじゃあねぇの?

今回も長くてゴメンチャイ!

おしまい

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a Migratory Bird.

1月8日。

今日は午前7時に起床。 身支度を整えてから机に向かう。

今日はタイイングでなくて「読書」

先日購入した僕の大好きな作家先生 樋口有介さんの小説「猿の悲しみ」を読む。

昼近くまで読んでいたので、目が疲れたよ。


午後1時頃外出。

館林市の多々良沼へ遊びに行ってきた。 で、沼周辺を散歩。

毎年冬になるとここにはハクチョウが飛来する。 今日はそのハクチョウに会いに行って来たの。

多々良沼

実はここ、多々良沼に訪れたのは久しぶりで、湖畔まで足を踏み入れたのは30年振りくらいだろうか?

子供の頃は東武鉄道で多々良駅まで来て、歩いてここまで来たもの。で、1日釣りをして電車で帰るなんてことをしていたなぁ。 あの頃は自然そのままの沼で、今みたいに遊歩道なんか無かったし、魚も沢山いた。タナゴや小鮒など山ほど釣れたし、特にタナゴは足元を網でガサガサやれば沢山捕れたものだった。
今日はさすがに釣りをしている人は居なかったが、暖かくなるとバスフィッシャーが沢山やってくる。 あの頃はバスなど居なかったけどなぁ・・・

車を駐車場に止め、のんびりと散歩を楽しんできた。

多々良沼を散歩

地元の人たちだろう。 沢山散歩に来ていたよ。で、カメラマンも沢山。

で、こいつらに会いに来たのだ。

多々良沼の白鳥

少し離れたところで、暢気に羽を休めるハクチョウ君たち。

休憩中ですか?

手前の方と、対岸側にコロニーを作って休憩している。何か相談でもしているのだろうか? 「クゥ クゥ」って声が聞こえる。

鶺鴒くん

遊歩道を進む。今日はそよ風くらいで結構穏やかな日差し。日向はポカポカしていた。 足元にセキレイ君が日向ぼっこしている。ここは人間が鳥を虐めないから鳥達が人を怖がらない。こいつも僕のすぐ足元までピョコピョコ歩いてきたしね。

野鳥の楽園

弁天堂手前の橋の下で、カモの集団。こいつらは「ヒドリガモ」だろうか? 餌を貰えると思って近寄ってくる。

「残念だね。餌は持ってないよ」

僕は基本「餌付け」はしない。「餌が欲しけりゃ自力で頑張れ。もしくは芸をして見せろ」なのだ!

弁天堂

「浮島弁天堂」
鎌倉幕府が滅びる頃、北条高時の弟の「四郎慧性(えしょう)」が、夢枕に立った「弁財天」のお告げでこの場所に恩林寺を創建し、「江ノ島弁財天」を勧請して北条家の菩提寺としたものと伝わっている。

僕が子供の頃に在っただろうか? あまり記憶がないのだけれど、多分気が付かなかったのだろうね。

 白鳥飛んだ

ここ「多々良沼」と館林市の東側の「城沼」はハクチョウの飛来地として名所になっている。バードカメラマンのメッカですなぁ。 バズーカみたいなカメラを構えた人が結構いたよ。

多々良沼を後にし、次に「大島まんじゅう屋」さんへ向かう。

実は昨年末にお邪魔した時に、娘さんとある「約束」をしていて、今日それを渡してきたんだぁ。

「ぐんまちゃん」のぬいぐるみ。 それと、おまけとして「ひこにゃん」のぬいぐるみをプレゼント。

なんか今日、彼女の通う小学校の校庭にドクターヘリが着陸してすったもんだがあったそうで、それを興奮気味にお話してくれたよ。本当に元気な小学1年生。

で、今日はこちらを購入させて頂いた。

美味いものいっぱい

「田舎まんじゅう」と「うめぼし」と僕の大好きな「あーもん」

昨日、伊香保で「湯の花饅頭」を買ったばかりなのに続けて「あんこもの」 好きだから良いんだけどね。

とにかく美味しいから僕は大歓迎! ただ、まとめては食べられないので今夜は「あーもん」1つを食後に頂いた。あとは家族の胃袋の中へ。

これから今夜も毛鉤製作。 今夜はクラブの会員の方に特別に渡す「サンプル」を製作する。

一服したら始めようかなぁ!


おしまい

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a Neverending Story.

1月6日。

昨日なんだけれど、午前中は赤城山の中腹にある「道の駅」へ。

新鮮野菜を格安で大量に仕入れる。

昼食を摂って、食休みの後再び外出。

地元の山間部に昨年の春オープンした喫茶店へ。

ゆったり出来る場所

「サンバール」というお店。 ここのマスターは僕のFBのお友達。 本当はもっと早く伺いたかったのだけれど、昨年は僕の体調不良が長引いて結局伺えなかったので、昨日お邪魔してきたんだ。

ログハウス調の可愛いお店で、メニューも豊富。しかも体に良いメニューなのでお勧めできる。

サンバールで珈琲タイム

で、昨日はマスターのMさんとの会話に花が咲いたかなぁ? 仕事の話とか、格闘技の話とか、とにかくいろいろ話した。
で、帰りがけに手作りキャンピングカーを見せて貰った。 いやぁ~楽しかったなぁ! また時間作って遊びに行きたいなぁ。


1月7日。

今日は僕のお袋殿に頼まれて、上州三山の一つ。「榛名山」へ行ってきた。

「榛名神社に行ってみたいから連れて行け」ってことなのだ。

午前8時30分出動。 前橋市を抜け、箕郷町から車川沿いを榛名湖方面へ一旦登り、湖畔に出てから次に榛名神社方面へ下ってゆく。

榛名神社

僕にとっては3回目の初詣。まだ初詣に行ってなかったお袋殿に家族サービスだ。

先月29日には、かなりの雪が降ったらしかったのだが、氏子さん達の尽力で綺麗に除雪されていたよ。

この二之鳥居を抜けると神社境内に入るのね。ちなみに一之鳥居はここから5キロ位下に在るんだけどね。

榛名神社山門

これ山門ね。「随神門」って言うのね。もともとは「仁王門」だったのだけれど、過去の神仏分離の時に「随神門」って呼ぶようになったんだってさ。

最初はそれほどきつくない坂道の参道を登って行く。のんびり、ゆっくりと登って行く。

茶屋の前の水琴窟でちょっと休憩後再び登りだす。

三重塔

今は「神宝殿」って呼ばれてる三重塔。
群馬県内で唯一残っている神社内に残っている層塔なんだって。明治2年に再建された塔で高さが30m。「天之御中主神(あめのみななかぬしのかみ)」を始め五柱天神を祀っている。廃仏毀釈の時には完工直後だったため取り壊しの難を免れたんだって。危なかったねぇ。

拝殿までの道のりにはこういったポイントが沢山在って、じっくりと楽しめるのも榛名神社の楽しいところなんだ。

神橋に差し掛かると左手側にえらく険しい谷が見えてくる。

行者渓

「行者渓」

安藤広重の六十余州名所に見られる「行者渓」

版画絵の中に「上野国榛名山雪中」として選ばれた場所。 修験道の祖、「役行者(役小角)」もここで修行をしたと伝わっている。右側の大岩の下の方には、扉が取り付けられていて、ここは東面堂というお堂があった場所なんだってさ。左の大岩の後方には夕日岳・朝日岳という大きな岩山がある。
神橋から眺める行者渓は巨岩が奥深く連なって、修行場と呼ぶに相応しい険しい場所なんだよ。

矢立杉

「手水舎」の向かいに、杉の大木がある。

武田信玄が箕輪城を攻めた時、ここに矢を立てて祈願したといわれる杉の巨木。矢立って言うのは、昔の戦国武将が戦勝、領内安全などを祈願するために境内の木に矢を射立てる儀式のことで、この矢立杉は、1933年に国指定の天然記念物に指定されている。推定樹齢は約1000年、周囲は9m以上。高さ30m以上。県内ではでっかい方の杉の古木。

双龍門

「手水舎」で身を清め、「神門」を潜る。 すると右手側に「神札授与所」がある。ここでお札や御守りを購入できるのだ。
で、「授与所」の真向かいの階段を上がるとこの「双龍門」がある。

安政2年建立の山門。
総欅造りの門で、全体に素晴らしい彫刻が施された芸術的な門なんだ。四枚の扉にはそれぞれ龍の彫刻が施されていることから双龍門と呼ばれるようになったらしい。羽目板の両側には「三国志」がモチーフの絵柄が彫られていて、天井の上り竜、下り龍とともに双龍門の風格を高めている。棟梁は群馬県富岡村(現富岡市)清水和泉氏、彫刻師が武蔵熊谷宿(現埼玉県熊谷市)長谷川源太郎、天井の龍は高崎藩士矢島群芳の作品。

拝殿

ようやく辿り着いた榛名神社の「拝殿」 ここでは「本殿」と呼ばれている。

文化三年の建立。

一番手前が拝殿、奥が本社。でそれをつなぐのが幣殿。本社・拝殿ともに入母屋の権現造りで、御姿岩の前面に接して建てられた珍しい社殿。屋根は銅版葺き。目貫の鷲と左右海老虹梁の二龍などド派手な彩色の彫刻が多く、柱や天井、賽銭箱にまで素晴らしい彫刻が施されている。格天井の花草飛龍の絵は仙台藩の絵師根本常南の作。
祭神は「火産霊神 ほむすびのかみ」鎮火開運火の神様、「埴山毘賣神 はにやまひめのかみ」五穀豊穣土の神様。

参拝は二礼二拍手一礼。 しっかりお賽銭を弾む。見栄を張って万札を納める人もいるが「御利益は価格に比例する」どこかのインチキ宗教とは違うのでここは心尽くし。

御姿岩

で、最後に本殿の裏側に聳える「御姿岩」を拝む。

御姿岩は本殿の背後にそびえ立つ榛名神社を代表する奇岩で、この御姿岩と本殿が一体化するように本殿が建てられている。岩の天辺は人間の頭みたいな形で突き出ていて、途中のくびれたところには御幣が飾られている。御姿岩は神が降り立つとも、神様そのものの姿であるとも云われている。御姿岩の下部には洞窟状の空間があって、そこに「御内陣」と呼ばれる主祭神を祀る場が設けられているらしいよ。ここは幾重にも重なる扉で封印されていて、神職者でもけっして見ることは出来ない場所で、中がどのようになっているのかは絶対に秘密なんだって。

で、この本殿の正面向かいの岩山には「弥陀窟」って呼ばれる窪みがある。
「御姿岩」にちょうど正対する位置にあって、この窪みには阿弥陀三尊が祀られているとか、弘法大師の彫った阿弥陀如来像が納められていたとも伝わっている。多分誰かが確認しているのだろうけれども、見ざる言わざるなんだろうね。でも確認って言ったって、ここもかなりデンジャラスな岩場だしねぇ・・・


帰りはもう一度榛名湖湖畔に出て、伊香保温泉方面に下って行った。 何故か・・・

どうしても「湯の花饅頭」を買いたいからなんだって。 

伊香保の名店「清芳亭」に立ち寄り「湯の花饅頭」をお土産物として購入。僕のもう一人の叔母がこれ大好物なんだよね。それ用と、僕の従姉の旦那さんと倅がこれ好きなもので、それ用も購入。あとは我が家用。

途中でスーパーマーケットに立ち寄り、そのあと帰宅。 

昼を回っていたので遅い昼食を摂った後、僕は満腹号で再び出撃!

今日は自宅から北西方面。新里町から前橋市方面へ向かう。

近所の牧場

僕の家からそれほど離れていない所にある牧場で来年の干支の馬と出会う。 ポニー君とその奥に競走馬が数頭いるのね。

寒そうに下草を食んでいた。暇そうに・・・

それから細い道をくねくねと進み、上毛電鉄の新里駅の前に出て、町道336号を登って行く。

国道353号に出て板橋の交差点手前を左の脇道に下りる。

関の磨崖仏

鏑木川の畔にある県指定重文「関の磨崖仏」

凝灰岩の大岩に「阿弥陀如来」を中心に、右に「観音菩薩」左に「勢至菩薩」を控える三尊像が彫られている。鎌倉時代の作と伝わっている。

ここから丘陵地帯を進み、アップダウンを繰り返し、畦道に突入したり、前橋方面に走る。

夕焼け綺麗

出動した時間が遅かったので、もうすぐ日暮れって頃、小高い丘に出たところで綺麗な夕焼けに遭遇。

それから西へ進み「近戸神社」の前に出て、そこから山上城址方面へ戻る。

山上多重塔

国指定重文「山上多重塔」でトイレタイム。序でに持ってきたトウモロコシ茶で一服する。

で、ここでも綺麗な夕焼けが拝めた。 

夕焼けと妙義山脈

妙義山方面に沈んでゆく夕日。 また明日には東の空から朝日が昇る。 沈みゆく夕日を眺めながら暫し悠久の時の流れに思いを馳せる・・・なんてときどきセンチメンタルな気分に浸ったりしちゃうんだよね。

山上城址の横を通り過ぎ、伊勢崎市赤堀町に出る。

工業団地の中を通り、笠懸町方面へ向かう。辺りはもう真っ暗。ライトを点けレッドテールフラッシュとフロントのブルーフラッシュを点し、自宅へ向かった。


午後5時40分帰着。 帰ってきたらもう4個ほど湯の花饅頭が無くなっていた。気が早いなぁ・・・


明日は何処に向かおうかなぁ・・・ 

で、今夜は遅くまで毛鉤製作。 一気に巻き上げちゃおうと思う。


おしまい

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Just keep trying.

1月5日。

2、3、4、と馬鹿馬鹿しくなるほどの強風で外出も儘ならず。 3日間も動けないと僅かだが目方も増える。

が、今日は朝から穏やかな天気。ちょびっと寒かったけれど午前10時に「満腹号」出動!


愛宕窟

岩宿遺跡のある琴平山の南東の端、住宅地の合間にちょこんと飛び出している高さ10m位の岩山なのだけど、「愛宕山」とか「庚申山」とか呼ばれている遺跡のような存在。 あまり良く解っていないのだけれど、遠い昔からあるんだって。
で、愛宕山の前を通り50号線を越え、笠懸町の運動場を通り太田市の農道へ出る。

途中で左手の丘陵地帯へ突入。 藪塚温泉の裏山へ出る。

北山古墳

「北山古墳」県指定史跡。

藪塚温泉の裏側、東毛少年自然の家のある谷合いに挟まれた、八王子丘陵の南東、標高135mに立地する円墳。
直径は22m、高さ4mで、埴輪・葺石などは確認されていない。石室は南側に開口しており、奥行き3.7m、間口1.8m、高さ2.1m、凝灰岩で出来た両袖形で截石切り組み積み、奥の壁には漆喰を塗った跡がある。
石室の中は現在便所コオロギの巣と化している。結構気色悪いよ。
北山古墳と、その南西650m地点にある西山古墳との間には数多くの群集墳が在って、これらが造られたのは古墳時代後期(7紀後半)と考えられているんだって。

西山古墳

こちらが「西山古墳」。

藪塚温泉入口の手前の道を左折。標高110m付近に立地する前方後円墳。
 前方部は東を向いていて、全長34m、後円部径18m、同高さ4m、前方部の幅20m、高さは2m。石室は南に開口しており、大部分は凝灰岩の割り石で出来ていて天井石の一部に巨大な変成岩を使っている。石室の大きさは、奥行き5.8m、間口1.9m、高さは1.5mくらい。石室崩壊防止工事をした時、羨道前から埴輪が出土したらしい。葺き石は見つかってない。現在、石室の羨道部分が崩落の危険があるため、コンクリートで補強してあるが、危ないので中に入るのは止した方がいいと思う。まぁかなり狭いし、で、ここも便所コオロギの巣窟だからお勧めできない。
で、この古墳のある場所は西側方面の水田から高さ17m程の地点にあり、西方の平坦地を見下ろす位置にあることから、周辺にある古墳群の主墳的存在だと考えられている。この古墳が作られた時期は古墳時代後期(6世紀末)と推測されている。

今日は面倒くさかったので、行ったのは古墳の入り口まで。

それから、田圃の中の小道を進む。

で、お馴染みの観光スポット。

薮塚スネークセンター

「レッドスネ~クカモ~ン!」って、古いか・・・

藪塚温泉の中にある観光スポットの「スネークセンター」。 門の脇では「木枯らし紋次郎」がお出迎え。
隣には「三日月村」があってなかなかのアトラクションが楽しめるよ。

今年の干支に因んでか、今日はお客さんが大勢来ていたなぁ。 僕は遠慮しましたがね。蛇はちょっと苦手なので「カモ~ン!」はしない。「あっしにゃ、関わり合いのねぇことでござんす・・・」

温泉街の裏手の方にある鎮守の神様。

温泉神社

「温泉神社」

 「昔、村人はこの地の岩窟から湧き出る湯を病を治す湯治場として使っていました。ある日この湯に馬が飛び込み、一声高くいななくと雲と雨を起こして天に舞昇り、以後、冷泉に変わってしまいました。村人は嘆き悲しみましたが、ある日、村の老人の枕辺に薬師如来が現われ「この水を沸かせば、万病に効く霊泉となる。」と告げました。以来、この水を温めて入浴するようになったのが「やぶ塚温泉」の由来であり、温泉神社はこうした伝承に基づき、今も地元の人々の信仰を集めています。」

丸っきり引用。 この神社の脇に書いてある薀蓄。 ここの温泉が何故冷たくなったのかが分かります。でも、その昔は「新田義貞公」も愛していたという伝説もあり、「新田義貞の隠し湯」として宣伝している。結構いい温泉なんだよ。

やぶつか温泉の源泉

これが「源泉」ね。 神社のすぐ横。

喧嘩したらアカン!

「こりゃぁ! 喧嘩するんでねぇてばぁ!」 

猫の喧嘩を仲裁。 判ってるんだかどうかは知らんけど。


それから、農道を南下。北関東自動車道をくぐり東武鉄道の「治良門橋(じろえんばし)」駅の裏側へ。

治良門橋駅

すぐ横に流れる護岸された川。「蛇川」 ネーミングが引く。この川も「カモ~ン」かいっ!!

蛇川

これがず~っと南に流れてるんだ。これでも一級河川なんだけどね。下流で「石田川」と合流し「利根川」へ流れ込んでる。 フナやコイが泳いでるよ。

で、「蛇川」沿いを南へ走る。 県道78号線と39号線の交差点、石橋十字路を過ぎ再び「蛇川」沿いの遊歩道を進む。

カルガモ君

カルガモ君たちが羽を休めていた。「蛇川」沿いの遊歩道、サイクリングロードになっていてとても快適に走れるんだ。

蛇川の辺

城西のニュータウンの北側で西方向に進路変更。

「生品神社」方面へ向かう。その途中、釣り仲間のSさん宅前でSさんにばったり出会う。北海道のプロ野球球団所属の有名投手の叔父さんにあたる方で、今はワカサギ釣り。シーズンには山岳渓流や湖などのフライフィッシングを嗜んでいるベテラン釣り師。

ちょっとだけお話してから、「生品神社」へ向かう。

生品神社の大鳥居前

「新田義貞公挙兵の地」に鎮座する霊験ある神社。

ここを含め、太田市には新田氏所縁の史跡が点在している。「新田荘遺跡群」と呼ばれている史跡。すべてを回ると軽く1日かかるよ。

生品神社に参拝

お参り済ませ、ここでトイレタイムを取らせてもらう。 序でに珈琲タイムも。

これ旨い

最近気に入っている「ダイドーブレンドゼロ」 砂糖不使用のブレンドコーヒー。普段はブラックばかりなんだけれど、5回に1回はこれにしてるの。

再び発進。 自宅方面へ向かう。

桜並木

新田町の桜並木を進む。開花の時期には見応えのある桜並木。ず~っと伸びる並木道は遊歩道も隣接している。

二ツ山古墳1号

途中で「二ツ山古墳」に立ち寄る。ここは道を挟んで「1号墳」「2号墳」と別れている。

二ツ山古墳1号墳は2段築造の前方後円墳で、古墳全体の長さは約74m、高さは約6m。墳丘の周囲には周堀の跡が見られ、主体部は横穴式石室。割石乱石積の袖無型石室で、全長は7.1m、奥壁幅2m・高さ2.1mの巨大な、群馬訛りでは「かなりでっけぇ」もの。
 明治21年の石室の調査と昭和23年の慶応大学による墳丘の調査、昭和56年の新田町教育委員会(現在は太田市に合併)による石室前の調査と、3度の発掘調査が過去に行なわれている。石室からは金銅製の双龍文の環頭太刀把頭や圭頭把頭を始めとして様々な遺物が出土していて、これらは現在、宮内庁や東京国立博物館などで保管されているんだ。それと、墳丘からは人物・鳥・馬・家・靱・鞆など様々な形象埴輪が出土していて、現在では慶応大学に保管されているらしい。石室前では円筒埴輪がコの字形に配置されていて、石室入り口の左右には朝顔形円筒埴輪が直立した状態で出土している。
 古墳の築造年代は6世紀後半ころと推定され、この時代の前方後円墳としては東毛地区でも最大規模で、本地域で最も力を持った豪族の墓と考えられているんだ。どんな豪族だったのか想像するだけでわくわくするよね。
「卑弥呼様~!」なんてのが居たりしてね。

遠くに金山見える

北関東自動車道の手前で小休止。ずっと向こうにこの間行ってきた「金山」が見える。ここも楽しい場所なんだよね。今度、「呑龍様」にでも行ってこようかなぁ。

再び藪塚の農道に出て、来た道を戻る形に。

かかまる君と満腹号

藪塚温泉の西側に寂しそうにポツンと立っている「かかまる君」

日本一の「一本足の案山子」なんだって。 でもスケールが大きすぎて鳥達が逃げるどころか腕や頭の傘の上で暢気に休憩している始末。だから「日本一仕事をしない案山子」 でも憎めないんだよね~!
 
で、その隣にある「三島神社」の前で休憩。

三島神社

ここでは毎年10月に「かかし祭り」が行われていて、地域の皆さんがユニークな手作り案山子を披露してますね。田舎のお祭り感があってすっごく面白いですよ。

メジロ君お食事中

鳥居前の柿の木でメジロ君がお食事中。 僕の苦手な完熟柿、所謂「うんだら柿」(地元だけかな? こういう呼び方) をまぁ美味しそうに突いていました。

で、畑側から何やら騒々しい「ガーガー」って声とそれに混じって「ピューピュー」って声。

こっちも喧嘩したらアカン

嘴太カラスとツミの喧嘩。 鳩くらいの大きさの猛禽類のツミ。ここいらでは良く見かけるけど、この2羽って仲が悪いのか良く喧嘩しているところを見かけるんだよね。流石に仲裁は出来そうもないので放っておいたけど。

浅間山よく見えた

ちょと丘陵地に登り、景色を楽しむ。 浅間山がきれいに見えたよ。

今日はかなりの距離を走ったね。30㎞以上走ったかな? 足が草臥れたしね。

でも、頑張って続けなくちゃ。 寒いのはちょっとなんだけれどね。

いつもながら写真ばかりの日記ですが普通に楽しんでくださいなっ!

おしまい

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Pray to God. the First.

1月2日。

今日は毎年恒例の「初詣」の日。

毎年必ず願をかける三夜沢の「赤城神社」へ行ってきた。

赤城神社

ここは「上州国二宮」 赤城山の中腹に鎮座し、農業・産業の神様「赤城神」 国土開拓の神様「大己貴命」などを祀っている。

色々と云われのある由緒ある神社で(詳しくは社務所に由緒略記があります) 鎌倉時代の3代将軍 源実朝が詠んだ歌にも赤城の2文字が詠まれていたりする。

赤城神社境内

境内は杉の巨木に囲まれ、普段の日ではとても静かな場所。「厳か」という言葉がピッタリの場所で僕のお気に入りのパワースポットなんだ。 今日は流石に賑わっていたよ。

赤城神社に初詣

拝殿にて新年のご挨拶! 「早く体が良くなりますように・・・  あと、でっかいヤマメ・・・」なんて願を掛ける。 お賽銭を弾む。ちょびっとだけ・・・

この拝殿の裏手、本殿前には「俵杉(天然記念物)」がある。その昔 俵藤太藤原秀郷公が寄進したものと伝わる3本の杉が有る。

この拝殿や本殿、中門などは明治2年に再建された建造物で、神明造りの本殿の中にある宮殿は「由良成繁」の奉納したものと伝わる。 いずれも、復古神道、戦国期建築様式を知る上でも重要な建築物なんだね。 

拝殿手前の階段の左手に「御神水」が滾々と湧き出ていて、今日もペットボトルを持参している参拝客が何人もいたよ。 因みに僕はここの「御神水」よりも、この赤城山の中腹、鳥居峠下400mの地点にある「御神水」の方が好きだけれどね。(こちらは訪れるのがとても大変な場所)

赤城神社社務所

社務所で、御守りを授かる。 今年は「病気平癒守り」と「願掛けカエル」の御守り。

アルバイトの巫女さん。 多分高校生くらいだろうか? 
「群馬にこんな可愛らしい子が隠れていたんだぁ・・・」と感じるくらい可愛い笑顔で迎えてくれました。
本当、可愛かったよ! ひょっとしてAKGのメンバー???

大鳥居の前の、屋台の誘惑に打ち勝ち、帰路に就く。

これで、今日の予定は終了。 帰宅後、フライ製作に勤しむ。

明日は、別のご利益の望める神社へ詣でるつもり。

さぁ、「白虎隊」観よ~っと!


おしまい

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New Year. are you Ready?

2013年。

明けましておめでとうございます。

今年もゆる~くお付き合いください。


などと、社交辞令はいいとして、新年早々恒例の「初釣り」に出掛けてきた。

午前6時30分。 兄貴分のHさんを拾って、行く先は僕らのホームグラウンド的管理釣り場へ。

2013新年だよ

「群馬フィッシングセンター中之沢」

元日にもかかわらず今日はルアーマンを含め24~5人は来ていたなぁ。 

僕は退院後の復帰戦ってことで、あまり無理をせず、インジケーターを付けた所謂「フナ釣り戦法」で半日を過ごす。

釣り場に着いて、インストラクターのHRさんや、メーカーのHGさん、常連のSTさんやMTさん大勢の方たちから「大丈夫なの?」 と心配の声を頂く。 ご心配をお掛けしまして面目有りません・・・

準備をし、ポンドに立った時に右後方から2013年の「初日の出」を拝む。

2013年最初の1匹

オリジナルフライの「たまごっち #12」を結び、シライシさん家のロッド TORNAD 885を久しぶりに振る。

で、最初のワンキャストで今年第1号を掛ける。

ここの魚は、大型も小型も皆、綺麗な魚体。 鰭もしっかりとしていて良く言う「雑巾マス」などは殆どいない。それに、赤身の魚が多いので持ち帰る人も多い。 僕はリリース派ですよ。

スリムなの釣れた

そこそこいい型。推定38cm。 少し痩せていたがパワフルな引きを堪能。

塩焼きサイズ

こいつは幅広の魚体。塩焼きにすると丁度良い大きさだろうか?

ニジマス釣れたよ

昨年の夏以降、全くロッドを触っていなかったので、久々の感触にちょびっと感動。

休憩も忘れて只管魚の躍動に酔い痴れる。 「うひょ~! カ・イ・カ・ン!」

初釣り

今年は珍しく風もなく日向はポカポカするくらい穏やかな元日になった。 のんびり釣りには丁度良い。

地蔵岳と銚子の伽藍

管理棟「御殿茶屋」の屋根の向こうに赤城山の「地蔵岳」とその手前の「銚子の伽藍」が良く見えた。

地蔵岳のアンテナ。 一番高いのがマイクロ回線の中継施設。その隣が雨雲観測レーダードーム。

それらの手前に見える岩場の谷が「銚子の伽藍」 小沼(“この”が正式名称)が水源の粕川(ガラン沢とも呼ばれる)が、山頂のカルデラ縁を突き破って出来たのが「銚子の伽藍」ここの下に「不動の滝」が有るのね。結構沢山の滝が連続しているが、かなりデンジャラスな場所なので素人は近寄らん方が身の為。 僕も一度訪れたが、あまりの難所でビビッて引き返したことが有る。 遠くで見る分には絶景なんだけどね。


STさんに珈琲をご馳走になり、気合を入れなおして只管キャスト。で、インジケーターと睨めっこ。

大きいの釣れた

40オーバーがヒット! 基本的に細めのティペットを好む僕にはこれくらいの魚だとやり取りが楽しめていいのね。 それ以上でかいのはあまり好きじゃないの。 だって面倒臭いから・・・

立て続けにヒットしたのが此奴。

大きいのまた釣れた

雄は引きが強くて楽しい。 で、魚体がしっかりしているから釣っても気持ちいいよね。

この界隈の管理釣り場では、綺麗な魚が入っている釣り場の位置付けの「中ノ沢」 で、お正月は管理棟内で「豚汁」や「けんちん汁」の無料サービスがあるのがいい。 で、季節にはオーナー自慢の手打ち蕎麦が味わえる。

沢山釣れた


正午きっかりで本日は納竿。 計50匹近く釣りまくった。 いや~ぁ 堪能しましたねぇ。

次はいつごろ来れるだろうか? ここは初心者の練習にもいい所だし、僕はミッジングの練習に訪れますね。


なところで、今日はここまで。 

今年もよろしくです!

おしまい

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