気まぐれ釣り師の、底抜け冒険譚!

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Get me Power! 3

6月25日 火曜日。

午前中に仕事を済ませ、家を出たのは午前11時30分頃。

この日はちょっと暑かったかな? 日差しは普通に夏の日差しだが、日陰は涼しく風もそれほど不快では無かったね。

ルートは南方面。 自宅から一路藪塚温泉へ。そこから、北関東自動車道の側道に出て伊勢崎方面に進む。

県道69号線を太田市方面に南下し、国道354線を越える。

旧尾島町世良田。 徳川発祥の地。この地区で昔から噂になっている「心霊スポット」に立ち寄る。

二体地蔵塚2

「二体地蔵塚」 ここも「新田荘遺跡」に指定されているみたいね。で、古墳としても扱われているんだって。
案内板にはこんな感じに説明書きがある。

 「元弘3年(1333)北条高時は西国(近畿地方)の乱を鎮めるため、弟泰家を大将として、10万の兵を京都へ派遣することになった。その戦費を調達する必要から、関東地方の国々から臨時の税金を取り立てた。特に、世良田には裕福な者が多いとして、出雲介親連と黒沼彦四郎入道の二人が使者になって、多勢の家来を引き連れて乗り込み、5日のうちに6万貫の税金を差し出せと強く要求した。これを聞いた新田義貞は法に過ぎた仕打ちであると怒り、直ちに家来に命じて出雲介を捕え、黒沼彦四郎の首をはねてさらし首にした。即ちここがその遺跡である。」

所謂「首塚」なんだよね。 で、噂ではここで「お化け出た!」って話も耳にしているけど、僕はここでは見たこと無いよ。群馬にはもっとヤバい「首塚」有るかんね。
二体地蔵塚4

昔、この塚の辺りで毎夜「人の争う異様な声」が聞こえて気味悪がられていたらしい。で、ビビった村人が石地蔵像を建立して供養をしたところ、その後怪しい声はしなくなったって話。

もとは一体だったお地蔵様を、後に普門寺にあった一体の石仏をここに移し二体にしたんだって。
それからここを、「二体地蔵塚」と呼ぶようになったんだって。

蜘蛛の巣だらけで、そっちの方が気色悪かったよ。

それから、次に畑の中の道を利根川方面へ進む。 上では雲雀がピーピー囀っていて、その先の電線には長元坊が獲物を狙って待機している。 飛んで行っちゃったんで写真は撮れなかったけれど、この辺には長元坊は結構生息しているんだ。因みに長元坊って「馬糞鷹」って別名もある。ひでぇ名前・・・

畑の中で休憩

畑道を進み次に立ち寄ったのがここ。

満徳寺

「満徳寺」 ここは神奈川県鎌倉の「東慶寺」と世界でたった二つしかない「縁切り寺」なのね。

謂れがあって、ここで薀蓄たれるのも面倒何だから簡潔に言うけれど、

「世良田義季の娘の『浄院尼』が開祖の尼寺で、徳川家康の孫の『千姫』が、大阪城落城で亡くなった豊臣秀頼との縁を切るために入寺した謂れがある。
それ以降、離婚を求めた女性が駆け込み25か月間にわたり寺で生活させ、夫に「三行半の離縁状」を書かせて離縁させたんだって。

巷に聞こえる「三行半」って、このお寺から始まった文化なんだ。 あまり聞こえは良くないんだけれどね~!

満徳寺3

お寺自体は明治の初めに廃寺になっているんだけれど、敷地内に資料館が出来て、本堂や駆け込み門などが復元されているよ。 資料館は一見の価値ありですぜ!


満徳寺のすぐ裏手にあるこんなところにも立ち寄った。

伝・新田義重の墓

「伝・新田義重墓所」

新田義重は平安末期から鎌倉初期の時代に活躍した河内源氏の武将で、新田氏の祖。元は源義重と言い、八幡太郎義家の孫にあたる。 足利氏の祖である源義康は異母弟にあたり、初代新田氏宗家で「上野新田荘」を本拠にしていたので、新田義重と呼ばれた武将だ。

伝・新田義重の墓2

新田義重は、義季(新田義重の二男または四男とも伝わる)を特に愛したといい、夫人と共にこの地にあった館で晩年を送り、没後邸内に葬られたと伝えられている。昔からこの一郭は、義重夫妻の墓所と伝えられていて、徳川幕府により特別に保護されてきたんだって。

宝塔は、凝灰岩製で相輪上部は欠失し屋蓋(おくがい)は3個破損し鉄箍(かなたが)が巻いてある。塔身・基礎の状態は良く、現存部分の高さが140cmと往時を偲ぶことができる。傍らの塔も凝灰岩製で基礎のみが残り、宝塔と同じ時代に造られた塔と推測されている。
昭和45年の墓地整備の際、宝塔と他の基礎の下から1個ずつ古瀬戸四耳壺の灰ゆう陶器が出土し、火葬骨がいっぱい入っていたんだって。で、その遺骨はこの塔下に埋葬されたんだって。

こんなようなことが案内板に書いてあるよ。

お次に尾島町庁舎方面へ向かう。

途中にあるのがここ。

大舘館跡

尾島庁舎から1㎞程の畑の中にポツンと残る祠。ここは「大舘館跡」

大舘館跡2

「新田政義の次男「家氏」が大舘郷に住み地名を名乗ったのが「大舘氏」の始まりで館もその頃に築かれた。元弘3年(1333)の新田義貞の鎌倉攻めには大舘宗氏が息子たちを引き連れて従軍し奮戦したが宗氏は東勝寺合戦で討死してしまった。
 南北朝の争乱で大舘氏明は南朝方として戦ったが伊予世田城で籠城の末に北朝方の細川頼春に攻められて自刃している。しかし氏明の子孫は足利氏との同族関係もあり室町幕府の要職を務めて戦国時代を迎えている。室町幕府の崩壊とともに大舘一族は衰退したが子孫は幕臣や帰農して名主階級となり現在までその血脈を伝えているようだ。
 大館氏は室町時代から戦国時代へと時代が移る頃も大館郷に所領を得ていたが大舘館がその頃も機能していたか、また戦国期への城郭へと変貌を遂げていたかは遺構が残らないために不明であるが耕地整理前まで残されていた遺構の規模を見る限りでは反町城や江田城のような大城郭への発展は遂げていないようだ。」

案内板に書かれているのはこんな感じ。 少し前までは虎口や堀なんかも残っていたみたいだけれど、耕地整備で殆どがぶっ壊されていて、今ではこの祠だけが残っている。


明王院

国道17号線のすぐ脇にある「明王院」

嘗ての「安養寺館」の跡地に建てられた明王院。

伝説では新田義貞公がここに館を構えていた場所といわれている。

明王院2

境内には新田氏一族の五輪塔なんかも残されている。 この日の目的地がこの明王院だったので、しばらく休憩をする。取りあえずお参りだ!

明王院不動堂の厨子には、二体の不動明王像が納められ、一体は、5.5cmの白金(閻浮檀金)製で、元弘3年(1333年)の新田義貞鎌倉攻めの際、山伏に化身して越後方面の新田一族に、義貞挙兵を触れまわったと言い伝えのある「新田触不動尊」として知られている。
もう一体は、約76cmの木像で、新田義重が楯の上に座して軍勢指揮をとる姿を刻ませたはずが、一夜にして不動明王像に変わったとされる「御影不動明王」とよばれて背後に火炎がないのが特徴。
二体の不動明王像と明王院本尊の絹本彩色の倶利加羅不動明王画像の三不動明王が新田氏相伝の守本尊と言い伝えられてきた。

明王院は、新田氏初代の義重が中興し、さらに八代義貞公が元弘3年(1333年)に後醍醐天皇の勅によって七堂伽藍十二坊を有する大寺院として再建したと伝わっている。
開基は古く、康平4年(1061年)に後冷泉天皇の勅により源頼義が開基。奈良の興福寺から招いた頼空上人を開山として創建されたと伝わっている。現存する不動堂は、宝永2年(1705年)の建築とされ、参道にある三棟造の二天門はかつての中門で、そのはるか南に大門があったと伝えられている。江戸時代の絵図面には、周囲に二間幅の堀をめぐらし、百余間四方の境内地とその周囲に十二坊の跡地の位置が描かれていると云います。

千体不動供養塔

千体不動尊供養塔は、二段積みの基礎の上に不動尊像を浮き彫りにした石をピラミッド型に十五段積み上げ、その上の塔身に金剛界四仏の梵字を彫った塔を安置している。底辺は約7.2m四方、高さは約6mで伊豆の小松石が使用されている。不動尊像は、東側に270体、西側に254体、南側に238体、北側に238体の計千体からなり、火炎の光背がないのが特徴となっている。  案内板はこんな感じかな?

千体不動供養塔2

こんな感じ。結構カワイイお不動様がいっぱい並んでいる。

山門右手

『持国天』

山門左手

『増長天』
明王院の中門に安置されている「木造二天像」は南北朝時代のでで、県内では南北朝時代までさかのぼる二天像はなく、造形的にも優れ像の構成もしっかりしていることが評価され、太田市指定文化財なった。

境内でのんびりと休息を取った後、帰路に着いた。

途中で、お地蔵様にご挨拶。

木崎宿色地蔵

色地蔵

先日訪れた木崎宿。そこの「長命寺」と言うお寺の山門の向かいに在る「木崎色地蔵尊」

江戸時代。「木崎宿」には《飯売女》と呼ばれる女性が沢山居た。まぁ、今で言う立ちんぼさんみたいな女性だ。

で、彼女たちは前借制年季奉公で遠出が制限されていたために宿場町のはずれのお地蔵様に参詣して心の平穏を得ていた。 で、この話が広まって沢山の色街の女性が訪れるようになって、いつからか「色地蔵様」って呼ばれるようになったとさ。

木崎音頭の末尾にも唄われているのがこの色地蔵様だよ。

それからは、殆ど一気に帰宅。

自宅に到着したのが午後4時過ぎ。 なんだかんだ40㎞程走っていたんだよね。我ながらビックリ。
走れたよ40㎞。 流石に草臥れた。

来週は久々の釣りだ。 体力もっとつけなくちゃね!

おしまい

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Get me Power! 2

え~と、昨日の続き。

6月23日 日曜日。

この日は、西ルートを走る。

国道50号線を前橋方面へ。 前橋市二之宮町で狭い路地に入る。

二宮赤城神社

「二之宮赤城神社」

式内社 「上野國勢多郡 赤城神社 名神大」


御祭神は、結構いっぱいあるの。

「大己貴命 オオナムチノミコト」これは「大国主命」の別名だよね。
「多紀理比賣命 タギリヒメノミコト」「多岐津比賣命 タギツヒメノミコト」「市岐嶋毘賣命 イチキシマヒメノミコト」この3人は「宗像三神」で厳島社系の三姉妹の女神様、「宗像三女神」で、揃って絶世の美女だったんだって。
「天忍穗耳命 アメノオシホミミノミコト」この神様は天照大神の子で、「栲幡千々姫命 タクハタチヂヒメノミコト」と結婚して「瓊瓊杵尊 ニニギノミコト」の両親なんだ。瓊瓊杵尊と言えば「天孫降臨」の主役だよね。
「天之笠早命 アメノカザハヤノミコト」この神様、僕知らねえんだよなぁ。まぁ、多分徳の高い神様なんだろね。
「熊野久須毘命 クマノクスビノミコト」天照大神の子。 素戔嗚尊が天照大神の持ち物である八尺勾珠を譲り受けて化生させた五柱の神の一柱。神様って「柱」って数えるんだ。
は~、面倒臭ぇ・・・ 
「活津日子根命 イクツヒコネノミコト」 まぁ、彦根神社の神様。天照大神の左手の珠から生まれたとされているから、天照の子なんだろうね。
「天津日子根命 アマツヒコネノミコト」これも天照五柱神。
「和久産巣日命 ワクムスビノミコト」穀物の神様。
「大物主命 オオモノヌシノミコト」 大物主神とも言って「倭迹迹日百襲姫命 ヤマトトトヒモモソヒメノミコト」の旦那さん。百襲姫は「箸墓伝説」の主人公ですね。卑弥呼説もあったりするミステリアスな女神様。
「建御名方命 タケミナカタノミコト」この神様は長野県の諏訪大社の神様だったね。大国主命の息子。天照の「国譲り」に最後まで反対抵抗した頑固一徹の神様。

は~、ここまで薀蓄たれたのは初めてだよ。流石に八百万の神全てを覚えきれないけれどね。でも古事記は大好きなのね。

まぁ兎に角、ここの神社はいろいろな神様を祭っているわけだ。

二ノ宮赤城神社拝殿

折角来たんだからお参りして、ここを後にする。

国道17号を南下。途中、こんなところに立ち寄る。

ちょっと寄り道

「赤堀花菖蒲園」 国指定史跡の「女堀」に約30種類、24000株の花菖蒲が植えられている。毎年6月にはお祭りが行われているんだ。

もう終盤

もうすぐ7月。ちょっと来るのが遅すぎたみたいね。 もう花が落ちかけている。

ザリガニ獲ったどぉ!!

堀の脇の水路で少年が「ザリガニ釣り」 これでも立派な「釣り」だね。まさか食べないよね・・・

帰りにこんな場所で一休み。

あまが池2

「湧水 あまが池」

「湧水あまが池」は、大間々扇状地の扇端に位置していて、渡良瀬川の伏流水がこの地で湧き出ているんだ。扇端上にあたる太田市新田地区まで湧水が点在するというから、「重伝水源」なんかもそうなのかもね。
湧水は流れ出して谷戸を形成し、水田が開かれ人々の生活を潤してきたって言うからこの地域の農家にはとても大切な水源だったのだろうね。
この池に向かって、「あま」と呼べばその声に応えてあぶくが湧くという伝説から「あまが池」って呼ばれてるらしいよ。

あまが池4

池には水連が繁茂していて、錦鯉や真鯉が沢山泳いでいる。ボウフラなどが湧くのを防いでるんだって。かつての「人面魚ブーム」の時は小学生が放課後に入り浸っていたって話。

帰宅後は風呂に入ってウーロン茶でマッタリ。 走行距離25㎞。まぁ並みってところだね。

それから、夏用毛鉤を追加巻きして・・・

つづきはまた明日。 そろそろ床屋に行ってこようかな?

おしまい

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Get me Power!

6月22日 土曜日

午前中、赤城山中腹の道の駅にて、新鮮野菜を調達。

帰宅後、午前10時30分頃満腹号で出発。 行先不明。この日はノープランで出撃した。

で、先ず南へ向かうルートで藪塚温泉まで。

温泉街の自販機でミネラルウォーターを100円で購入。休憩無しでさらに南へ。

自宅から約13㎞。「生品神社」を通り過ぎ太田市の新興住宅地へ。釣り友達のSさん宅の近くを通り過ぎる。

城西の杜住宅地を横目に田圃の中の道を進むと、鬱蒼とした森が見えてくる。

「松尾神社」

松尾神社

太田市新田小金井町に鎮座する鎮守様。

祭神は「大山咋命 オオヤマクイノミコト」や「市杵嶋姫命 イチキシマヒメノミコト」

松尾神社2

承平年間 930年代の創建と伝えられていて、「この地域の開発に先立ち土地開拓の神として山城國(京都)松尾神社の神を祀った」と云われる。
酒造の道に御神徳のある神として酒造家の崇敬を集めたり、鰻と亀を神使とし、古くから地域に「鰻を食さず、亀を殺さず」、との言い伝えがあったんだって。

そんなことがここの神社の薀蓄に書いてあったよ。

再び出発。ここから西方面へ自転車を走らせる。
「反町館」の横を通り過ぎ、県道332号と312号線の交差点に出る。 ここは基本T字路で、向かいの道は一通になっている。で、その先に見える公園で休憩を取った。

貴先神社

遠い昔から「木崎宿」の総鎮守として信仰されてきた神社で、祭神は「須勢理比売命 スセリビメノミコト」須勢理比売命は素戔嗚尊の娘で大国主命の后(きさき)だった事から貴先(きさき)という社名になったと云わっている。
ここいら一帯は「木崎宿」といって、嘗ての宿場町だったのね。で、「貴先」から「木崎」という地名が生まれたそうな。

貴先神社2

明治初頭の神仏分離令が発令される前までは神仏混合の形式を取っていて、別当には「長命寺」が祭事を執り行っていたらしい。「木崎宿」は「飯盛女の多い宿」とされ貴先神社は彼女達から信仰の対象になっていたのね。境内はと木々で覆われていて、樹齢数百年なんて木もあるんだ。新田町の名木に指定されているしね。

なんだか、神社めぐりのブログになって来たぞ・・・ 一応は釣りブログなんだけれどね・・・

お次に、貴先神社から少し離れたところにある「大通寺」と言うお寺。

ここには群馬の英雄「新田義貞公」に纏わるものが残されている。

冠掛けの松

「冠掛けの松」

元弘3年(1333年)新田義貞公が鎌倉幕府討伐のため生品神社で挙兵し、鎌倉へ向かう途中この松に冠を掛けて休憩したと伝わっている。当時の松は枯れてしまい、現在は二代目が赤堀町から移植されている。

新田義貞の詠んだ歌碑がある。

「立帰りまたもきて見ん冠着の 松よ千歳を我に契らば 春秋庵白雄の句碑 夏にこもる御僧いくたり松の風」

勇ましき武勇の誉れとして名を残す「名将 新田義貞公」 意外とセンチメンタルな小父さんだったのかもね。

そこから、1.5㎞ほど離れたところにある「八幡宮」にも立ち寄ったが、何故か立ち入り禁止になっていたんだよね。

仕方がないので、引き返すことにする。

大型ホームセンターの脇を通り、再び県道2号を越える。

帰りがけに立ち寄った「新田荘遺跡」の1つ。

重殿水源

「重殿水源」

面倒臭いので、案内板の薀蓄を引用。

現状では、周囲を民家や工場に囲まれ、四方を石垣とコンクリートで護岸された東西10m、南北23mの小さな池です。北西の角には3基の石のほこらがあり、かつての面影をうかがうことができます。この東側には一級河川、大川の源流であることを示す標柱が立てられています。
 元亨2年(1322)の「関東裁許状」(正木文書)によると、大館宗氏と岩松政経が「一井郷沼水」から流れ出た「用水堀」を巡って争論を起こしたことに対して、鎌倉幕府が判決を下したことが分かります。
 この古文書にある「一井郷沼水」が重殿水源であると考えられています。新田荘は大間々扇状地の扇端部に位置していることから豊富な湧水に恵まれ、荘園を経営するために湧水が利用されたと考えられています。かつては実際に市野井・金井・赤堀・木崎など多くの地域がこの水を農業用水として利用していました。重殿水源はこういったことを証明する貴重な史跡です。

ってことらしい。 まぁ、水源の無かった昔のここいら一帯にはとても貴重な場所だったんだろうね。

それからは、ノンストップで自宅までの14㎞を突っ走った! ・・・ のんびりと ・・・

ここ日の走行距離 約35㎞。 そろそろサイクルコンピューター取り付けようかなぁ??

つづきはまた明日ね。

おしまい

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Walk along the favorite field.


6月9日

昨日の事。

気分転換にウォーキングに出掛けてみた。

自宅から徒歩で30分位の所にある丘陵地帯。 隣町にある鹿田山フットパスを歩いてみる。

フットパス入り口

フットパスの入り口。 笠懸町のひまわり畑の裏からアプローチできる。

簡単な低山なので、地元の人たちの憩いの場になっている。軽い運動には丁度いいんだ!

整備は完璧

森の中を登って行く。 整備された道は歩きやすい。 ゆっくりと登って行く。

が、歩き続けて10分ほどたった時、足元に・・・

アオダイショウ君

「うぉっ!」 

一番会いたくない奴! 

アオダイショウ君登場! 

「出てくんなぁ~ 貴様ぁ!」

思い切りぶっ飛んだぜっ! 「あ~ ビックリしたぁ」

アオダイショウ君2

別に“怖い”訳じゃなくて、“気色悪い”だけなので、すぐに冷静になってこんな写真を撮ってしまう。

アオダイショウくん

目は可愛い目をしているのね。 体の色もなかなか綺麗なんだ。 でも、何故嫌かと言うと「手足が無くても自在に動き回る」という理不尽さが納得、理解出来ない。 蜥蜴は平気なんだけれど、蛇だけはどうしても馴染めない。
ということで、早々に“ニコニコバイバイ” 目測120㎝程の中型ジェネラル・ブルー君でした。

丘を登りきると麦畑がある。

間もなく収穫

もう少しで収穫でしょうな。 その脇でひらひらと舞うオレンジ色。

ベニシジミ

それから水辺広場へ向かう道を進む。林の中の道はウッドチップが敷き詰めてある。僕にとっては非常に歩き辛いのよね。フカフカしていてね。 でも、こんな奴らにはベッドみたいなものなんだろうね。

コクワガタ嬢

良く考えてみたら今年の初物だったね。「コクワガタ」の女の子。 最近は数が減少してきているけれど、ここいら辺ではそれほどでもないみたいね。 よく子供たちがクワガタ捕りしている。

雷電山方面に登って行くと、こんな奴も出て来てたよ。

死んだふり師匠

「センチコガネ」 通称「死んだふり師匠」 擬態は大物俳優並みの死んだふりを見せてくれるんだ。

いつ動く出すか? なんて眺めていると日が暮れる。こいつらの擬態は天晴れ筋金入りで、危険が無くなるまで頑として動かないのね。 

そのど根性に免じてこの場を離れることにした。

雷電山山頂

それから、雷電山、御嶽山を経て、弥右衛門山までの稜線を歩いてみた。 どれも200m位の低山なので楽ちん。

登り始めたのが午後3時位からだったので、それからは自宅までのんびりと田園地帯を歩く。


6月10日

前橋市富士見町の道の駅『さんぽ道』で新鮮野菜を買い込む。 午前9時30分開店に合わせると客が少ないので買い物が楽。

持参したクーラーボックスに、朝取りのキャベツや小松菜などをぶち込んで、タマネギと長ネギは新聞紙に包んでトランクに放り込む。

その足で赤城山山頂を目指す。

今、丁度見頃の「蓮華躑躅」

赤城地蔵岳登山道

新坂平の駐車場に車を停め、地蔵岳登山道へ。

今日は地元の幼稚園児が遠足に来ていた。 可愛い“小人チョコレート”達がワイワイ元気に登って行く。
その後ろをのんびり登って花を眺める。

途中で引き返し、白樺牧場方面へ。

白樺牧場3

蓮華躑躅とズミの花が綺麗。 観光案内センターのテラスからしばらく眺めていた。


サラサドウダン

センターのテラス脇にサラサドウダンが咲いていた。 これも間もなくお終いだね。

それから、覚満淵へ向かう。だんだん雲が出てきた。そう言えば台風が接近しているんだっけ。

今年は意外と水が少ない「覚満淵」 先日の雨位では水量は増さないみたいだ。

覚満淵

午後から用があるので今日は湿原一周で切り上げることにする。

雉莚

足元に「雉莚」の花を発見。 どうも癖で足元ばかりを探索してしまうのね。

覚満淵4

「ズミ」も綺麗。日光戦場ヶ原もいいけれど、赤城山もそれほど捨てたもんじゃあないな。

少し肌寒くなってきたので、今日はこれで退散。

帰宅後は、ブローチ製作に勤しむ。

明日は面接だ。頑張らなくちゃ!

おしまい

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in the Forest next.

え~と、 昨日の続き。

15分程休憩した後、レストハウスでトイレを借り、体調を整える。

店内をぐるりと見渡すと、少々気になるモノに目が留まった。

いちごカレー

「いちごカレー」 ものすご~く気になるので、一つだけ買ってみた。 が、僕はカレーはDr.ストップなので、家族の誰かに食べさせてみよう。 「シチュー」も有ったのだけれど、売店のイケメン兄さんが「カレーの方がお薦め」と言うのでこっちにした。

それから、湯滝北側のゲートから再び戦場ヶ原に向かう。

上から小滝

小滝の上に出るが、その間に釣り人は確認できず。 すれ違う人も3人だけ。こちらのコースは薄暗くて気味が悪いって話だが、僕は全然気にしていない。 寧ろ一人の世界に入れるので気に入っているのね。

Oさんに会った「赤くずれ」を過ぎ、泉門池手前で右側、山側のコースへ。

何ケ所かのアップダウンを越えて「小田代北ゲート」に到着。このゲートを越えると『小田代ヶ原』エリアに突入する。

道中で小さな癒しと出会う。

ツマトリソウ

シロスミレ

菫の花はここ一体では数種類の花が咲くのね。小さくて可愛らしい花なんで、僕は気に入っている。図鑑などと睨めっこしながらも楽しいよ。

小田代ヶ原バス停方面と赤沼茶屋方面の分岐を赤沼方面へ歩き出す。

進行方向左側から、喧しいほどのエゾハルゼミの大合唱。 合唱ってより、大騒音に感じる。

と、進行方向からパタパタと何かが飛んできて僕のシャツにピトッっと集った。

ハルゼミ君2

「エゾハルゼミ君」でした。僕の胸をよじ登って来たので、手に取ってみた。
掌の上で、右往左往しながら5分位遊んでいたかな? 

ハルゼミ君

空に向かって手を上げて「飛んで行け!」ってやってみても、こいつ全く飛び立つ気配がない。僕の手の中がそんなにも居心地が良かったのかなぁ? こいつの事を「悟空」と名付けてみた。

いい加減飽きてきたので、強制的に飛び立ってもらうことにする。 カタパルト発射では気の毒なので、軽く中空へ放ってみた。 「か・め・は・め・波~っ!」 乱暴だったかな?

ハルゼミ君3

「何だよ!こいつっ!」 単に疲れているだけみたい。足元の木道の端にチョコンだって。

赤沼方面=小田代ヶ原分岐まで来たところで、来た道を引き返す。

再び分岐を小田代バス停方面へ進む。 目の前の枝に動く物体。

羽化間もなく

羽化したての蜻蛉。種類は不明。まだ体色が落ち着いていないので種類が解んないよ。

20分程で小田代ヶ原展望台に到着。

小田代ヶ原

貴婦人と男体山

お馴染みの「貴婦人」は、後方の新緑に溶け込んじゃって写真じゃあ良く見えないみたいね。
右から「男体山」「大真名子山」「小真名子山」「太郎山」「山王帽子山」「三岳」と続く。
次回は「三岳」と「於呂俱羅山」の間にある「刈込・切込湖コース」にでも久しぶりに行ってみようかな?

休憩もそこそこにバス停へ。

5分足らずでバスが到着。 流石に昼近くになってから弓張峠越えは厳しすぎるので、文明の利器を使うことにする。

「千手ヶ浜」に向かう。

湯滝のレストハウスに、1週間の開花情報が張り出されるんだけれど、今年は少し早目で、疎らだけれど咲いたよって事で「クリンソウ」を見に行く。

時間があれば「西ノ湖入り口バス停」で下車し、西ノ湖経由でカラマツの森を歩きたかったんだけれどね。

バス停から歩き出し、中禅寺湖流入河川の「外山沢川」の清流に目を向ける。悲しいかな釣り師の性で取り敢えず水を見たら水面を見てみるってやつね。

ブラウンおった

見えるかな? 目測推定50㎝くらいのブラウントラウト。通称「ちゃー君」 

「居るじゃないか」 湯川では殆ど魚の姿を拝めずにヘコミ気味だったものだから、これを見てパワーを分けてもらったよ。 因みにここは永年禁漁区だから釣りはダメだよ。

暫く歩いて行くと中禅寺湖の西の端に着く。で、湖岸を左手に眺めながら歩き、「乙次郎橋」を渡るとその先に「クリンソウ自生地」なんだけれど、な~んかやっぱり今年は異常気象のせいなのか、花は疎ら。 咲いてはいるんだけれど満開には少し早いかも。 いや、話によれば「今年は花の付きが悪い」って言うのを思い出し、その疎らの花畑を見て回る。

クリンソウ2

「やっぱり花の付きが悪い」 一面の絨毯にはもう1~2週早かったかもね。

クリンソウ

僕の目的の「更紗色のクリンソウ」が咲いていてくれたよ。うれし~ぃ! 君に逢いたかったよ!
風が強かったのでピント合わせが難しかった。少々ピンボケ。

千手ヶ浜クリンソウ

順路に沿って進む。

ニジ君

丸々と太ったレインボートラウト。 ここでは人馴れしているせいで近付いても魚がパニくらないのね。文字通り悠然と泳ぐ。 ゆっくり泳ぐから太るんだぜ! 本湖に出て湖一周泳いで来い!

見頃にはもう少し様子を見た方がいいみたいだったので、早々に切り上げ来た道を戻る。
ちょっと湖岸に出てみた。

千手ヶ浜 中禅寺湖
 
天気がいいから空の青さが湖面に映ってとても美しい。 この景色は本当に癒されるよ。 これに会うために毎年ここへきているんだよなぁ・・・

千手ヶ浜から眺める男体山も迫力満点!

男体山 千手ヶ浜

ちょっと雲がかかっちゃったけれど、ここからの眺めもいいんだよなぁ!

ちょっと戻って、森林帯をバス停まで歩く。 本当は西ノ湖まで行きたかったのだけれど、無理はしないでバスで戻ることにする。

足元の蕗の群生の脇に咲いていた。

ムラサキケマン2

「ムラサキケマン」の花。こいつは実が熟すと弾け飛んで身をぶちまけるんだぁ。 

丁度バス停に赤沼行きが止まっていたので飛び乗っちゃった。


久しぶりに歩いたなぁ・・・ 結構満足のいく行程だったね。 体が本調子だったら弓張峠越えで熊にでも会ってみたかったけれど、まだ、100%って訳じゃないからさ。それでも、15㎞くらいはのんびり歩いたかなぁ? 今度は万歩計でも持ってくるか?


帰宅後、晩飯に我が愚弟に食わせてみた。

例の「いちごカレー」を。

いちごカレー試食

僕の期待では冗談でいちごの実がゴロゴロと入っているものを想像していたのだけれど、中身は見た目普通のカレーで、ただ、味が「お子様向き」みたい。ほんの一口味見してみたら甘酸っぱい。いちごのツブツブがわずかに分かるが、いちご本来の味はしない。斬新なんだけれど懐かしさを感じる味。
「そうだ! V3カレーの味だよ!」 子供の頃夢中で食べていた「仮面ライダーV3カレー」あの味を思い出したんだよね。カレーにリンゴなんかは合うけれど、いちごはちょっと“行き過ぎ”感があるね。 
決して不味い訳じゃあないんだけれど、「もういいや」と言うのが家族で出した結論だった。


6月4日。今日。

所用で出かけて、近くを通ったので、Oさんの所へ寄ってみた。で、昨日の話を復習。

で、おやつも購入。

今日のおやつだよ

新発売の「館林とうふ チョコレート味」 美味しい食べ方を教わったので、現在冷蔵庫でコチコチになっている。

で、可愛いあの子からプレゼント。

彼女からプレゼント

Oさんの娘さんのRちゃんからお裾分け。 ありがとうね!


明日は病院だ。 月一の診察と年一回の診断がある。 面倒だけれど行ってこなくちゃね。


おしまい

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in the Forest.

6月3日

一年ぶりに奥日光へ出掛けてきた。

昨年は体調不良と入院騒動でベストシーズンに来れなかったもので、今年はまぁ、リハビリって訳じゃないけれど『戦場ヶ原周遊』ってやつを敢行してきたの。

午前8時ちょっと過ぎたころ、奥日光戦場ヶ原の赤沼茶屋パーキングに到着。
身支度を整えて、歩き出す。

今日は僕の友人が湯川に釣りに来ている筈。 

戦場ヶ原=小田代ヶ原分岐で戦場ヶ原方面へ突入。 現在、木道の補修工事をしているので作業員の方たちが沢山作業をしている。

湯川

木道を覆うようにズミの花が満開に咲いている。 

つい、釣り師の性で水面に視線が行ってしまう。「今日は全然見えないなぁ?」 もっとも、木道工事でドカドカやっているから、魚達も警戒してしまっているのだろう。

途中で友人のOさんに電話をしてみる。

どうやら「湯滝」方向から入渓している模様。 ってことで、僕の歩くペースで行けば「小滝」の周辺で会えると感じた。

工事現場と壊れかけてグラグラしている木道に苦戦しながら、湯滝方面へ進む。

ワタスゲ

季節的に少し早いんじゃないかな? と思う「ワタスゲ」が可愛い綿帽子を風に揺らしていた。

ワタスゲあった

昔、放映された「子猫物語」って映画のワンシーンに、子猫がワタスゲの綿帽子にじゃれ付いている場面があったなぁ。 結構印象的なシーンだった憶えがあるし、「ワタスゲ」って花が日光に在るってことを知ったのもその頃だった。

根こそぎ倒木

「一昨年はこんなの無かったぞ!」 どうやら台風で根こそぎ倒されてしまったようだね。風のパワー恐るべし!

お食事中

シオカラトンボおった

少し風が吹いていたけれど、それでも虫たちは生き生きとしている。 シオカラトンボも出ていた。

歩き始めて25分。 泉門池に到着。 途中で小学生の団体2組と擦れ違う。 嫌な予感・・・

ネイチャーガイドの方たちが班分けしている子供たちを案内しているが、大体、分かれているもんなんだね。

ガイドの説明をしっかりと聞いている子と、説明など何処吹く風的な腕白坊主たち。 しっかり勉強しなくちゃ!

ノンストップで戦場ヶ原北部へ突入する。

予感的中! 「ガイドさん、子供たちに木道を歩くルールを徹底して教えなきゃダメだよ!」

何度、足止めを喰らったか知れない。 2本ある木道両側から歩いて向かってくるからペースをキープできなかったよ。 しっかり教えなきゃ困るよね。 まぁ、子供の事だから今日は大目に見たけれどさぁ。

ルール守らんくせに、しっかりと挨拶だけはしてくれるから怒るに怒れなかった・・・ 可愛いからいいかぁ・・・

トウゴクミツバツツジ

いつものポイントでは、遅咲きの「トウゴクミツバツツジ」 こいつだけは最後まで咲いているんだよね。

更に進む。

タチツボスミレ

コミヤマカタバミ

木道の際にひっそりと咲く「タチツボスミレ」や「コミヤマカタバミ」の花。 僕的にはこういった足元に咲く小さな花が好きなんだよね。

抜け殻

泉門池を過ぎると、景色は森林地帯へとなって行くので、春ゼミの「蝉しぐれ」が喧しいほどになってくる。

突然木道の一カ所から沢山の蝶が飛び立った。 どうやら木道の上でキツネが粗相をしたようで、その糞に集まっていたようだ。

ヒョウモンチョウ

この手の「ヒョウモンチョウ」は種類が多く、みんな似かよっているので区別が難しい。特にこのパターンのやつは。

小田代橋を渡り、蹴上が小さく登り辛い階段を上がる。北戦場ヶ原の分岐を左に進む。

小滝の手前。通称「赤くずれ」下流でOさんと合流。

今日はお友達と2人で入渓していたようだ。 相方の方はルアーで攻めていた。

反応はあったが「イマイチ」って話。 僕もここへは毎年この季節訪れている(昨年は外して)が、今日ほど魚影を確認できなかった日は無いくらいだった。 どこへ行っちゃったのかなぁ? 本当に今日は見えなかった。

10分位立ち話をして、Oさん達は再び魚を求めて。 僕は湯滝方面へ歩き出す。

ズダヤクシュ

「ズダヤクシュ」 ここいら辺で、「苔」の次位に地味な花。 でも薬草なんだよ。喘息の薬として使われていたんだって。


小滝

小滝の橋を渡り、遠回りコースで湯滝を目指す。目指すって言ってもすぐ其処なんだけれどね。

ここいら辺の木道は、ご丁寧に滑り止めの桟が打ち付けてある。 これがとっても歩き辛い。 時々、これに足を取られてグネる人も居るとか居ないとか。

ものの10分足らずで「湯滝」到着! 

湯滝

滝壺周辺には3人の釣り師が。 そんなに近付いたら釣れる物も釣れなくなるよ。 どう見ても接近し過ぎだった。 ウェーディングを根本から見直すべきだ。 立ち込みたい気分は解るけれどね。

湯滝の茶屋で一休み。

珈琲タイム

久しぶりの「外コーヒー」を楽しむ。 ちょっとぬるかったけれど美味しいコーヒー。


いかん! 睡魔が襲ってきた。 今日は張り切り過ぎちゃったみたいだ。 この時間に眠くなって来るなんて。

ってことで、続きは明日ね!

おしまい

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