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気まぐれ釣り師の、底抜け冒険譚!

a Visit.

5月31日。

今日は、所用で川場村へ行ってきた。

僕の所属している釣りクラブの秋のイベントの件で、打ち合わせにね。


一通り内容を決定してきて、後は個人的に用を済ますだけ。


中野の道祖神

「酒器持ち双体道祖神」 

中野地区にある道祖神を訪れる。 手に杯と酒瓶を持っている双体道祖神。 道行く人々の守り神っていうのが道祖神だよね。 酒飲みながら歩いている人を見守っているのだろうか? 僕にはただの酔っ払いに見えちゃうけどね。 面白い道祖神なのね。

それから、お馴染みの「道の駅 川場田園プラザ」へ。

川場道の駅田園プラザ

こちらで、新鮮野菜を調達。 レタスが安かったのでね。 それと、家族のお土産に「飲むヨーグルト」と「お焼き」を購入。 

20分程ぶらぶらして、次に村役場の方へ。

中央公園の片隅にある歌碑。

江口きち女歌碑

SLホテルの近く。ふれあい橋の西の端にある歌碑。川場村出身の薄幸の歌人「江口きち女」の歌碑で薄根川の歌。

  『瀬の色の 目立たぬほどの青濁り 雪しろのはや 交りくるらし』の歌碑。 

僕、この歌は好きなんだよなぁ・・・

ふれあい橋を渡ってみる。

ふれあい橋
 
「川場フィッシングプラザ」を訪れた方なら分かると思うけど、釣り堀の後ろに掛かっている吊り橋が「ふれあい橋」だよ。

で、お約束の釣り場見学。 見学って言っても学ぶことなんかもう無いんだけれど、取り敢えずこの場は見学って事で。

フィッシングプラザ

まぁ、見ても仕様がないのだが・・・ 平日だけあって客もそれほどは居ないね。 それよりも今日はフライマンが3名くらいしか見えなかったよ。 あとみんなルアーマン。やっぱり大物釣るにはルアーの方が有利なのかね?

しかしフライマン少ねぇなぁ・・・

橋を往復して、そらから中央公園に車を停めて、そこから更に北西へ歩いてみる。

徒歩でのんびりと20分程の所。

「萬松山 桂昌寺」 こちらにその「江口きち女」の墓所が在るんだ。今日はそちらを参詣。

本堂の左裏手側にある「江口家の墓所」 一応、個人宅の墓所で、観光名所ではないのでそこんとこは謙虚に。

江口きち女墓所2

意外と墓石は新し目の「きち」さんのお墓。

江口きち女墓所

「江口きち」

大正2年。川場村谷地出身の女流歌人。

「女啄木」と呼ばれ、多くの短歌を残した「きち」さんは、18歳でお母さんを亡くしその後家族を支えながら貧しい暮らしの中必死で耐えてきたそうです。

障害者の兄、年老いた父、そして妹の3人を養いながら懸命に生きてきた「きち」さんにとって唯一心の安らぎは「短歌」だったそうです。

でも、生来の厭世観、実らない恋への苦悩など、大変な思いをされてきたそうです。

昭和13年。兄を道連れに青酸カリによる服毒自殺をされてしまいました。僅か25年の儚い生涯だったそうです。

最後は自分で仕立てた純白のドレスを着て、胸には真紅のバラの花が付けられていたといいます。

枕元には辞世の二首残されていました。


 『睡たらひて 夜は明けにけうつそみに 聴きをさめなる 雀鳴き初む』

  『大いなる この寂けさや天地の 時刻あやまたず 夜は明けにけり』

川場村の歴史資料館の2Fに「きち」さんの資料が多く展示してあるよ。 彼女が最期に身に纏った純白のドレス(レプリカだけれど)なんかもね。 観ていると心にグッと来るものがあるよ。

今の若い子達にはあまり知られていないかもね? 群馬にはこんな天才歌人が居たってことを。 

自宅に「江口きちの生涯」って本があるから読み直してみようかな? 

ここを訪れる度に胸の熱くなる思いがするんだよね。 群馬の偉人に出会って来ました。

オダマキの花

オダマキの花2

お寺の境内に「キバナヤマオダマキ」と「ミヤマオダマキ」の花が咲いていました。

変わった形の花が特徴で、「ヤマオダマキ」の花がもうそろそろ日光や赤城山などでも咲く頃だね。トレッキングの準備でもしておこうかな?

帰り道、赤城山の麓「からっ風街道」を通って来たのだけれど、過積載の大型トラックが道を塞いじゃって困った。重すぎて上り坂で止まっちまいやがんの! 
「やめて・・・!」 何度も心の中で呟いたよ。参ったね・・・

おしまい

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