FC2ブログ

気まぐれ釣り師の、底抜け冒険譚!

The weather forcast was wrong.

1月25日。


昨夜の天気予報では、今日は「ポカポカ陽気に近い暖かさになる」って話だったよね。

ところがだ、朝からどんよりとした雲に覆われていた赤城山を二階の窓から眺めて「気象予報士も当てにならんなぁ」と1つ溜息をつく。

午前11時頃、ポタリングに出発。

今日は目的地を定めず気ままにペダルを漕ぐ。取り敢えず西に向かった。

一般主要道路を外して、農道のような道を只管走る。

村主神社

上毛電鉄「粕川駅」の近くにある「村主(すぐろ)神社」

天正8年。甲斐の武田勝頼が信州の兵を従えて上州に侵攻する。「厩橋城」「大胡城」「伊勢崎城」を攻め落とし、そして「膳城攻め」の前、勝頼は全軍の兵馬をこの「村主神社」の前の泉のほとりで休ませたんだって。で、自らも馬を留め、持っていた梅の木の鞭を逆さに地面に刺した。それが芽を吹き1本の梅の木に成長したんだ。その梅の木は村主神社の境内に移され、『勝頼の逆さ梅』として現在まで残っている。現在は2代目とか3代目とか。

村主神社拝殿

拝殿でお参り。 願い事は「今日、もう少し暖かくならんものかね?」

そう、自転車で風を切って走っていると寒いのよ! 「暖かいわけと違うのかよ?」

拝殿の左隣に「御神木」の大杉の切り株。

御神木の根っこ

看板には、社殿は宝永5年(1708年)に再建されたと記録されていて、この御神木の大杉はそれよりもさらに古く天正8年(1580年)の武田勝頼の膳城侵攻の頃まで遡ると考えられているみたい。
かつてはこの神社の辺りは巨木が鬱蒼としていて、赤城山の山腹からも村主神社の場所が判った程だったらしいよ。
昭和43年。樹勢は衰え、他の巨木と共に伐採されてしまったとさ。で、この御神木の切り株が残されたって話。
切り株の周囲が約11mもあって、どうやら「日本一」みたいなんだよね。スゲェなぁ!

それからまた、適当に畑の中の道をウロウロしていたら広い車道に出た。で、その車道をさらに西に向かったら見覚えのある大鳥居が見えて来た。

赤城大鳥居

県道4号線にある「赤城神社の大鳥居」 富士見町まで来ちゃったよ。

赤城山山頂にある「赤城神社」の一の鳥居。高さ21.3m、柱間約14.0m、笠木巾28.0m、柱径1.7m。 天明4年に建設された旧鳥居は、かつてこの道路が有料道路だった頃に撤去されて、現在のは昭和43年に造られたもので、平成22年に塗り替えられたものだよ。因みに天明4年って浅間山が大噴火した翌年なんだよね。

そこから更に西に向かう。

ポストだらけ

前方にこんなものが見えてきた。

懐かしいタイプの郵便ポスト。それもこの数。 ここはかつては骨董品屋だったみたいだけれど、今は辞めちゃったのかな?人の気配が無い。

骨董屋さんの前

しかし、こんなモノ、買う人がいるとは思えないけれどね。この地区や、ここを通る人たちには名所的な「骨董屋さんの意味不明な郵便ポスト群」

米野って言う交差点を前橋市街方面へ下って行く。

途中の脇道で一休み。

下の方には県庁庁舎が見えるけれど、なんだかどんどん霞んで行ってる気がした。「ぜんぜんハズレじゃないか!」

前橋市方面

県庁庁舎見えた

「寒いなぁ・・・」 アンダーウェアに厚手のやつを着込んできて正解だったな。


原之郷って地区でこんなところに立ち寄る。

老農 船津伝次平墓所

群馬県民ならば誰もが一度は遊んだ事のある「上毛かるた」 県内の名所や史跡、有名人などが題材になっている「いろは歌留多」なんだけれど、その「ろ」の読み札の人物「船津伝次平翁」の墓所。

伝次平さんのお墓

「老農 船津伝次平翁」 天保3年にここ富士見村(現、前橋市富士見町)に生まれる。

明治政府の農業近代化政策で、東京駒場農学校(現在の東京大学農学部)が設立された時に農民でただ一人教員として採用された人。
その後、日本全国を回る「巡回指導者」となり、国内の農業の発展に生涯をささげた伝次平おじさんは、「奈良の中村直三」「香川の奈良専二」と共に『明治の三老農』と呼ばれ称えられたんだ。

明治5年。月の満ち欠けを基準とした「太陰暦」から、現在使われている「太陽暦」に変わり、同年12月3日を(明治6年)1月1日とし、長い間太陰暦で農業をしていた農民は作業時期が判らなくなっちゃったんだ。そこで、伝次平おじさんは、それが良く分かるように「太陽暦耕作一覧」を作ったんだ。

伝次平おじさんが残した言葉。
「農業は種まきや肥料を与える時が大切なように、人にも教えなければいけない時にきちんと教えなくてはいけない」

寺子屋「九十九庵」を開いていた伝次平おじさんのお父さんと同じように、伝次平おじさんも寺子屋の教師となって子供たちに勉強を教えていたんだよね。

1898年(明治31年)それまで全国を回っていた伝次平おじさんは、故郷の原之郷に戻り、その生涯を閉じられました。享年66歳。
農業県である群馬県が誇る大人物の一人、船津伝次平はここに眠っており、今でも農業の行く末を見守っているかも知れないな。
因みにここの墓所は群馬県指定史跡になってるよ。


老農ってのは、農業技術の改良、普及に努めた優れた指導者の総称。 伝次平が植樹した赤城山南面の30万本の松の苗は、現在も松の森となって僕らの町を見守ってくれているんだよ。


榛名山

榛名山も霞んでるし。 しかし寒いなぁ・・・ 汗かいたからどんどん冷えていく。そこから大胡方面へノンストップで突っ走る。

あいのやま公園で休憩

あいのやま公園のベンチで一休み。ミネラルウォーターがすごく美味しく感じる。

更に冷えてきたので、休憩5分で再び走り出す。自宅までノンストップでね!

今日の走行距離63.7㎞。 少し足が疲れた。

明日は午後から漁協の会議だ。 今夜はゆっくり眠れそうだな。

おしまい

にほんブログ村 釣りブログ フライフィッシングへ
にほんブログ村 
スポンサーサイト



コメント

コメントの投稿

URL
コメント

パスワード
秘密
管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURL : http://flyojisan1969.blog13.fc2.com/tb.php/271-8cffb158
<<  a Fishing pals. | TOP | Have a good day's fishing. >>